カツマ

街の上でのカツマのレビュー・感想・評価

街の上で(2019年製作の映画)
4.5
ページを捲れば、いつかの自分がそこにいる。街の片隅で淡々と過ごしながら、冴えないけれど自分の中では十二分な日常を送り、そして、どうにも上手くいかない恋をする。一人でライブハウスに行き、行きつけのお店で常連客と世間話をし、飲み会の二次会に行こうとする集団にはいないことすら気付かれない。でも今はもうそんな日々も懐かしい。あまりに地味でスター性に欠けるけど、彼は街のどこかで生きている。

『サッドティー』あたりから頭角を現し、最近では『愛がなんだ』『あの頃。』など、ヒット作を連発している今泉力哉監督による下北沢を舞台にした、どこかにいる誰かのためのモンタージュ。ミニシアターの劇場にぴったりのミニマルな世界観の中に、現実世界のそこかしこに存在していそうなリアルなやり取りが展開され、誰かの日常のようなフィクションを自然体に映像化。根城が下北沢で無くとも、きっとどこか微笑ましいその日常に愛おしさを感じる人は多いだろう。

〜あらすじ〜

下北沢の古着屋で働く荒川青(あらかわあお)は、恋人の雪のバースデイを祝っている最中、突然彼女から別れを告げられる。彼女には好きな人がいて、もう青のことは好きではないと断言され、つまりは浮気された挙句に振られるという二重苦が青の運命だった。
それでも雪のことを忘れられない青は、行きつけのバーのマスターに愚痴ったりしつつも、一人でライブに行ったり、ライブで会った女性に少しときめいたり、でもやはり何も起きなかったり、といった少し冴えない日常を過ごしていた。
そんなある日、古着屋の店頭で本を読む青にとある女性が声をかけてくる。彼女の名前は高橋町子といって、卒業制作で映画を撮るため、青に出演してほしいというのである。演技の経験のない青は迷いの末に出演を決意。しかし、ガチガチに緊張した青のシーンは結局全カットとなってしまい・・。

〜見どころと感想〜

今作は開発途中の下北沢を舞台にして、そこに住む人々を実際の下北の店舗の中でマイペースに躍動させる、ローテンポな群像会話劇である。主人公の青の行動に共感できるかできないかはガッツリと分かれると思うが、あまりにも20代後半の頃の自分と似ていて、観ていて少し恥ずかしいくらいだった。女性の部屋に泊まっても、ダラダラと駄弁って、何事もなく朝を迎える。飲み会ではいつも隅っこで、二次会前には姿を消す。それはかつての懐かしい自分であり、そんな生き方が今こうして見るととても愛おしくなってしまう。

主演の若葉竜也は映画の注目作品への出演が多く、今泉作品の常連でもある。『朝が来る』『罪の声』など、日本アカデミー賞にノミネートするような作品にもキャスティングされており、今後が楽しみな役者の一人だ。また、今作は女性キャストが非常に魅力的で、彼女の雪役の穂志もえか、古書店店員の田辺さん役に古川琴音、映画監督の高橋町子役に荻原みのり、城定イハ役に中田青渚など、それぞれに異なる個性を有した女優を次々と登場させていて、それぞれに煌めくような輝きを予感させてくれる。ライブのシーンではGEZANのマヒトが弾き語りを披露。下北沢THREEという舞台設定も完璧だ。

世の中には色々な人がいて、今作の主人公のように基本的に一人で行動するのが当たり前で、そんな毎日が日常という人もいる。どうにも物語というものは、目立つ人、お金がある人、モテる人、など、分かりやすい特徴を持っている人物にカメラが偏りがちで、こんな淡々とした日常にはスポットライトを当ててはくれない。だからこそ、今作はとてもリアルで、創作物とは思えない体温を感じさせてくれる。街の上で、彼はちょっとした幸せを見つけて、今日も古書店の店頭で黙々と本を読むのであった。

〜あとがき〜

主人公の年齢設定が27歳ということで、ドンピシャで20代後半の自分の生活そのまんまの映画です。自分の場合は舞台が下北沢ではなくて、田端、浅草、神保町というだけで、生活スタイルがほぼ同じ。20代後半に初めて彼女ができたのも同じだし、当時は一人でふらりとライブに行ったりしたなぁとしみじみ回想したものでした。

そんな思い出話はさておき、この映画のあとがきをちゃんとしますと、とにかく愛おしい日常を描いた作品です。主人公は少し冴えない感じなのですが、普通の映画ならば脇役にすらならない背景のような人。そんな人にスポットを当ててくれたのがとにかく嬉しくて、ついつい高得点を付けてしまったのでした。
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