幽斎

アントラーズの幽斎のレビュー・感想・評価

アントラーズ(2021年製作の映画)
4.0
原題「ANTLERS」直訳すると又角。サッカーは全く詳しくないが、そんな私でもアントラーズと言えば、あのチームが思い浮かぶ。本作はCOVIDの影響で劇場公開されず、配信に回されたが低予算でも製作陣は豪華。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

メジャーのFOXが製作するが、ディズニーの買収でDisney+配信。重いホラーをお子様御用達のディズニーが作り続けてくれる事を切に願う。企画立案はGuillermo del Toro。ファンタジー映画の名手なので、スリラー派の私とはリンクする事が少ないが「シェイプ・オブ・ウォーター」確かに傑作。彼の地元メキシコで企画、それを聞いた「ダークナイト」シリーズDavid S. Goyerがハリウッドに紹介して監督選びからスタート。

原作「The Quiet Boy」短編小説だが、書いたNick Antoscaは、TV脚本家として有名。クライム・ファンタジー「Channel ZERO ノーエンド・ハウス」傑作なので、見れる環境の方は是非。監督に抜擢されたのはキャリア十分Scott Cooper監督。イケメン俳優として活躍するが「クレイジー・ハート」脚本と監督を手掛け、ハリウッドで一流の仲間入りを果たす。以降「ファーナス/訣別の朝」「ブラック・スキャンダル」「荒野の誓い」硬派な作品を世に送り出す、今後も目が離せないクリエーター。

B級ホラーなのに出演者もスター揃い。主演「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」Keri Russell。レビュー済「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」Jesse Plemons。「ダンス・ウィズ・ウルブズ」Graham Greene!。「ヴェノム」Scott Haze。「フィールド・オブ・ドリームス」Amy Madigan。書いてて気持ちいい位の面子が揃うが、監督の人望の賜物だろう。低予算でギャラが全く期待出来ないのに。作品を見て頂ければ「よくぞ、こんな作品に出たな」貴方も思うだろう。

del Toro自身は作品に関与して無いが、らしいクリーチャーは登場する。ファンタジーではなく、描かれるのはモンスターだが、アメリカ先住民族「ウェンディゴ」伝承に基づく。ウェンディゴはネイティブアメリカンの間で古くから語り継がれる。超自然的で、具体的に何かの動物の引用ではなく、魔物としての解釈。特に「強欲」の象徴とされ、タブーを語り継ぐ教訓の意味合いもある。ルールは「共食いはしてはいけない」。原作では貪欲に憑りつかれた人間が、変わり果てた姿で人肉を求める。

クリーチャーの出来がAクラスと思ったら「シェイプ・オブ・ウォーター」手掛けたGuy Davis。VFXはアイアンマンのスーツを製作したShane Mahan。映画って金じゃなくて人脈だなと思う。だって低予算モンスター・ホラーですよ?(笑)。その期待に応えるべくテーマも深い。基本的にウェンディゴの「タブーを犯さない」テーマだが、主人公ジュリアの設定が「父親から性的虐待を受けた」物語の起点と為る。アメリカで親に依る子供への性的行為の問題は、COVID前に起きた事件を契機に大きな社会問題として報じられた。

そしてウェンディゴの禁忌「共食いはしてはいけない」に繋がる。どんなタブーが犯されるのかは、ご覧頂くとしてベースに有るのは地方都市に共通する劣悪な家庭環境。本作はモンスター・ホラーの皮を被った、社会派スリラーの側面も有る(だから見たんだけど(笑)、タブーにタブーを重ねるのはスリラーではお約束でも、現実の生活でも起こる、負の連鎖にも写る。結末は容易に想像できるが、見せ方が丁寧なので飽きる事も無い。

全体像が暗くて重いのは、決して良い作品振ってる訳では無いが、一部から「鬱屈した社会派とかホラーに求めてない」と言われそう。その観点が既に時代遅れ、とは言わないが、人体損壊は意外な程リアリティ有るし、しっかりグロかった(笑)。「ホラーは社会を映す鏡」と思う私には、とても納得できるプロット。

気に為る点が有ったので、ネイティブに詳しい友人にウェンディゴの事を聞いたら、本作とは異なる意見を言われた。ウェンディゴは精霊で、人を揶揄う行動は有っても危害を加える存在では無いと。その上で「ウェンディゴ症候群」と言う、ウェンディゴに変わる恐怖に支配され、人肉を食す食人鬼へ変貌すると恐れる、今で言う精神疾患が蔓延。其処で気づいたが、獣肉を人間が食すと、ビタミンが欠乏して、錯乱するのは医学的に証明できる。部位に依っては細菌が繁殖し、脳に到達して感染症を引き起こし最悪の場合、死に至る。皆さんも、ジビエを食べる時は鮮度に御注意を(笑)。

本作は伝承と言うスタイルで描くが、それはアメリカの黒歴史ともリンクする。アメリカ南部は産業が発展しては衰退するを繰り返してる。ネイティブの虐殺の果てに合衆国は誕生した訳で、現代のコンプライアンスで南北戦争を描くのは未来永劫無理だろう。それはアメリカ最大のタブーであり、タブーを犯した人達の屍の元に、大都会は誕生した。日本も高齢化で人口が集中し、地方は衰退の一途を辿るだろう。石炭で栄えたオレゴンの町は、日本の近未来かもしれない。

重くて暗くて救いの無い社会派モンスター・ホラー。でも、ラストは盛り上がります(笑)。
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