海

羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来の海のレビュー・感想・評価

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先月の今頃、会社でラジオを聞いてると、今年の野生動物写真家大賞作品が発表されたと流れてきて、今年はどんな写真だろうと思いながらエクセルの横にグーグルを開いて検索をかけた。その写真を見た瞬間、涙がこぼれた。ロシア極東に生息するアムール虎の写真だった。写真の中の虎は、後ろ脚で立ち上がり、前脚で一本の木を抱くようにしがみついている。その横顔は、上を向き、眼はとじられている。青いパソコンの画面越しに見る、深い森の中の、一頭の虎に、圧倒されてわたしは泣いた、職場だということも忘れて。しばらくしてそばを誰かが通って慌てて涙を拭った。ラジオでは、その写真について「虎はこんな姿を見られて恥ずかしかったかもしれない」と微笑ましく語られたけど、その写真はわたしにとって、猛獣の可愛らしい一面、なんかよりももっと凄いものだった。何という、言葉で表せばいいのか分からないけれど、神さまが本当に守っておられるのはこれに違いない、本来こんな光景を人間が目にしてはいけない、と思わせるほどの、神秘に守られている、生命の本当の美しさがそこにはあった。走り書きしたメモにはこうある、「壊したくない そのためなら死ねる。」あの虎のために今ここで死ぬことはできない、それでもわたしがあの光景を目の前にすれば、その意志は揺らぐに違いなかった。写真家は、これを撮るために11ヶ月以上の時間をかけたらしい。何者にも邪魔されずある自然の美しさと、絶滅の危機に瀕している動物の美しさを、撮りたかったんだろう、あまりにもカメラが似合わない場所に、それでもカメラを持ち込んでしまうほどに。あの一枚が、そのひとの目にふれたとき、きっと泣いたのではないだろうか、と思った。 本作の、タイトルバックまでのオープニングを観ただけで今日は泣き、そのとき、あのアムール虎の写真を思い出していた。なにを言い、なにを書けばいいのかわからないことばかりが最近わたしにはあって、言葉を書けなかった代わりに考えて、おもって、感じることばかりがあった。無限が小黒に、「おまえはこれからもっと強くなる。でもその強さを悪いことに使わないで欲しい」「おまえに善悪が分かるか」と話すシーンで、やっぱりわたしはなにも言葉が浮かばず、ただこの心にうかんでる感情や景色や意志を、あなたにどんな言葉で伝えれば、わたしの本当の心に一番近いところへ導けるんだろうかと考えた。伝えきれない。だからいとしいあなたが切ない。それ以外の場所でどんなに醜く歪んでいても、自分の信じる正しさを、恥じることなく裏切ることなく清らかにひたむきに貫こうとするひとの話や、言葉や、心がわたしは好き。すくわれている。写真なんかでは撮れないほど美しい景色を誰かに伝えるには写真を撮って見せるしかないのか、言葉なんかでは表せないほどいっぱいの想いをあなたに伝えるには言葉にして言うしかないのか、違う、きっとそうじゃない。うつくしいもの、愛すべきもの、恋しさ切なさ、わらったこと泣いたこと、過去への祝福と、未来への祈り、世界中の尊いものぜんぶをあなたに伝えるためにわたしがすべきことは写真を撮ることでも言葉を書くことでもなく自分を変えていくことなんだ。わたしの心とからだすべてをかけて、あなたに伝えたいことがある。あなたを壊させない、そのためなら生きていける。わたしはあなたにいのちをかける。
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