カルダモン

アトランティスのカルダモンのレビュー・感想・評価

アトランティス(2019年製作の映画)
4.3
舞台は2025年、近未来のウクライナ・ドンバス。ロシアと10年続いた戦争後の世界を描いた予見的な物語(撮影は2018年。2022年2月、ロシアに侵攻されるよりも前)そこにはフィクションとは言えない地続きの現実が横たわる。

人の体温、熱を感じる素晴らしい映画だった。冒頭、サーモグラフィーカメラの映像が象徴するように、作品は全体を通して温度を伝えてくる。温度はエネルギーそのもの。活動の証。冷たさは死。

戦争で変化を望んだのに何も変わらなかった────元兵士のセルヒーはPTSDに苛まれながら、それでも生きる活力を絶やさぬように生活用水を運ぶ仕事に従事している。

鉄工所はアメリカの支援を受けて工場再生に来たる未来を描いているが、鉱山や溶けた鉄は地下水の汚染を招いているようだ。

ある時、悪路で立ち往生していた女性カーチャと出会い交流を深めていく。彼女は戦場に放置された遺体を掘り起こし搬送する仕事をしており、元は考古学を専攻していたという。「今を掘り起こす」と彼女は言う。ロシア兵もウクライナ兵も。かろうじてひとの形を留める半分泥人形のようになった姿が次々と発見される。一人一人の性別や年齢や身なりを丹念に調べ、弔っていく。不毛な大地の中で掘り起こされるのは不毛な争いの跡。発見してあげることで彼らの生と戦争を終わらせる。

フィックスの画で統一された風景はグラフィカルで写真や絵画にも見えてくる。カメラを過剰に動かすことなく俯瞰するようなショットは務めて冷静さを失わない意図と、鑑賞者の想像に委ねる意図があるのではないか。
唯一、中盤の廃墟シーンだけは手持ちカメラで、破壊され焼かれた室内が生々しく映し出される。おそらくかつて侵略された痕跡そのままの姿なのだろう。固定カメラとは打って変わって、冷静さが崩れていくような感覚になる。

大地に撒かれた地雷処理には15〜20年、
町をつなぐ道路については安全確保できていたとしても、綱渡りのように道は細く心許ない。

凍ったジーンズ、アイロン
熱く溶けた鉄、冷えて固まった鉄
水を運ぶ
火で水を沸かす
変化する熱、体温
冷めたくなった体、温まる体
抱き合う温度と温度。

先の見えない暗澹たる未来であったとしても、ここが自分の居場所。体温を感じあえる人と共に生きる。