はる

リチャード・ジュエルのはるのレビュー・感想・評価

リチャード・ジュエル(2019年製作の映画)
3.9
こちらは公開後3週目に観たのだけど、前評判としてエクスキューズがある作品だということは聞いていた。詳細は知らずに薄っすらと「女性記者についてのこと」だということだけ把握。だからスクラッグス女史が登場する際のオリヴィア・ワイルドの演技にニヤリとしてしてしまった。そこまでやってしまうのか、というくらいのビッチ感である。
実話ベースでイーストウッド作品ということで、ある程度の予測はできる。それでも今作は何というか「悪いノリ」が多く、見方によっては軽妙かつ「ブラック」であると思う。で、それがダメかというとそうでもなく、老境にあって『運び屋』に続いてのコレというのは興味深い。

さてネタバレ。
女性記者の件というのは、作中でキャシー・スクラッグスがFBIの捜査官と寝て情報を得るという描写があったことについてだった。当時の同僚たちはこれを否定し、同業である各新聞社は今作について強く批判しているということだった。スクラッグスさんはすでに故人だということもあって、憶測で女性記者を貶める行為はもちろん責められるべきだろう。

ただし、今作でそれをやったということの意味を考えると「メディア及び権力がリチャード・ジュエルに対してやったこと」の意趣返しにも思える。偏見に満ちた憶測で個人を貶める、という行為をあえてイーストウッドはやっているのだろう。露悪的で悪趣味に思えるが、それをやっちゃうことで「どう思う?」ということにはなった。
「もっと何かやり方あるでしょ」とは思うし、作中ではスクラッグスを終盤で改心(?)させているから、良心の呵責も感じさせる。でもそれをするなら最初からやるなよ、とも思った。オリヴィアへの配慮もあるのかもしれない。彼女はこの脚本で最大限の仕事をしたと思うが、そうすることで評価されにくいとしたら残念なことだ。だから次作があれば彼女を主演級にしてまともな本でやってもらいたい。
それでもFBIが最後まで悪役として描かれたことでカタルシスは担保されたが。

そして主人公サイドはこれまた素晴らしい配役と演技だった。ポール・ウォルター・ハウザーはもうこの物語に不可欠な俳優だし、彼の配役だけで半分以上が出来上がったようなものだろう。彼が「そう見える人」だからだけでなく、実際の演技も完璧としか言いようがない。観てる側も彼の周りも振り回されっぱなしだったが、これは良い意味である。彼の振る舞いにはもう途中からは笑いも伴うし、エンタメと化していたと思う。ああいう笑え方は「コーエン作品のようだな」とも感じた。
キャシー・ベイツもサム・ロックウェルも、可笑し味のある存在感が持ち味でもあると思っているが、今作では彼が笑いに関してはほぼ全部持って行っているので、前者は感動や感傷を担当し、後者は正義漢を担った。結果として素晴らしい座組になっていたし、これはイーストウッド一流の手腕なのだなと。特にサムは『ジョジョ・ラビット』のクレンツェンドルフを観た直後だったから、また良い役をやっているなと思ったし、とにかく演技が素晴らしい。同じ人が演ってるんだよなあ、と嘆息しきり。ワトソンはリチャードの理解者だが、彼の中でも揺らいでいたし、何しろ助言を聞き入れてくれないクライアントを相手にしている。FBIがジュエル宅に大挙して乗り込んできた際にリチャードだけが屋内にいる瞬間が訪れたときは速攻で「はあ‥」と声が本当に漏れた。滅多にない体験だった笑。
ただしそれはリチャードがとにかく一筋の男で、良くも悪くもブレないとわかっていたから。そういう彼とワトソンの関係性は、信念や真実、自由と正義をおろそかにしないというメッセージになっていたと思う。これが今作の長所と言えるだろう。

今作はメディアと権力がタッグを組んで一市民の人格と人権を蹂躙しようとした実際の事件を元にしている。それでも時折挟まれる悪いジョーク(あの大量の銃器が並べられたシーンは大好きだ)など、テーマの割にやけにシニカルな描写が多い。それでもクライマックスではリチャードのヒロイックな描写があってしっかりと引き締めてもいる。グッとくるシーンだし、そこはちゃんとやるというこの老作家の仕事っぷりには「流石」と言うべきか。

ちなみにラストでリチャードが本当に美味しそうにハンバーガーを食べていて、勝利の味だなと感動するのだけど、エンドロールの冒頭で彼が44歳で亡くなっているとわかるので、アレも悪い冗談だなあと思った。
はる

はる