幽斎

ジェントルメンの幽斎のレビュー・感想・評価

ジェントルメン(2019年製作の映画)
4.8
イギリスを代表するフィルム・メーカーGuy Ritchie監督最新作。「シャーロック・ホームズ」バジェットでも手腕を発揮するが「キング・アーサー」コケる時は盛大に扱ける愛嬌も有る。本作で20年振りとも言える原点回帰を果たした。京都のシネコンが緊急事態宣言でロックダウン(鑑賞当時)、比叡山を越えて滋賀県大津のアレックスシネマで鑑賞。

サスペンス、と言う括りは私は好きじゃない。脚本に起伏が有るのは他ジャンルも同列で、起承転結ならスリラー、謎解きならミステリー、怖い話ならホラー、で良い。その延長線上に有るのがクライム「crime」犯罪映画。クリミナル・サスペンスとか映画会社の宣伝を垂れ流すレビューも散見されるが、ソレを言うならcriminal actが正しい、犯行ならoffenseが用例は正しい。クライムと言えば軽快なイメージすら持たれるが、大いなる勘違い。と言うヨタ話を踏まえた上で、本作は正統なクライムサスペンス"笑"。

20年振りの帰還、と申し上げたのは監督を語る上で「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」避けて通れない。イギリスで1998年間興行成績1位を記録、英国のベストクライム・ムービーと今でも語り草に。ハリウッドの刑事ドラマは犯人との攻防にフォーカス。それは西部劇をルーツとするアメリカらしい作劇。一方のイギリスはシェークスピアの国、犯罪ではなく群像劇をメインに据える。クライムとサスペンスの境界線は緻密な脚本の差、この作品を見て惚れたのが世紀の歌姫MADONNA。

監督は準男爵の爵位を持つ貴族の継息子、エドワード一世の末裔と出自は凄いが、感性は徹底した下町路線、だけど英国の誇りは忘れない。「ロック、」をプロデュースし監督を世に送り出したMatthew Vaughnは後に「キングスマン」を製作。2人のクリエーターの共通点はイギリスはアメリカの兄である、と言う古典的な概念とユーモアと表裏一体のペーソス溢れるスクリプト。ダウンタウンとギャングの抗争は、彼らの作品のルーツ。「軽快な犯罪映画」=クライムサスペンス、言うのは簡単だが脚本的な難易度は高い。

秀逸なのは物語は主人公Matthew McConaugheyではなく、軍師的存在Charlie Hunnam目線で進む。脅しに来たHugh Grantを語り部に据える事で、悪党のMcConaugheyは綺麗に消臭され、観客が後始末に奔走するクリーナー役Hunnamに共感する様に緻密に練られたシナリオ。実は良い人Colin Farrellが絡む事で冷静に考えると悪党に感情移入、と言う本末転倒な駆け引きを観て喜ぶ自分に気付く。それは単にキャラ立ちしてるだけでなく、物語の動かし方が極めて巧妙な群像劇だから。「ロック、」の上位互換を監督自ら成し遂げた。

本作のルーツは「キング・アーサー」歴史的敗北まで遡る。ワーナー・ブラザースに1億5000万$の赤字を計上した責任者として普通なら死んでるが、ディズニー「アラジン」実写リメイクの監督選びが難航、監督にまさかの電話が鳴る。心情的には気が進まないが、成功させればイギリスに帰れると見事なパッケージ。以前から温めたクライム脚本を「アラジン」プロデューサーIvan Atkinsonと共に「Toff Guys」のタイトルで製作開始。当初から主演をアメリカ人に絞りオスカー俳優Matthew McConaugheyに狙いを定める。彼は「引き受けたら何でもやってやるぜ!」が心情で正にハマリ役。私の好きな「リンカーン弁護士」再来の憑依型熱演も見所。

監督に想定外の事態が2つ。1つは妻役Kate Beckinsaleがギャラが安い事を理由に降板。急遽イギリス人女優「ダウントン・アビー」Michelle Dockeryを招集、イギリスの女優は厚化粧を嫌うが、これも監督のシャレの1つ。浮いた予算で呼ばれたのがColin Farrellだから映画って面白い。もう1つは製作会社MIRAMAXがメジャーParamountを傘下に持つバイアコムに製作途中で買収された事。因みに創設者はセクハラ大王Harvey Weinstein。元の親会社ディズニーは「アラジン」を成功に導いた監督に気前よく「どうぞ、好きな作品を」と論功したが、その裏で20世紀フォックスを買収する大事業が控え、遭えなくミラマックスは売却処分。中東カタールのメディア会社beINに売られたが、パラマウントが49%の株をbeINから取得し北米の経営権を握る。ミラマックスのサンタモニカ本社が本編に映るが、アレは合成で監督の精一杯の感謝のつもりだろう。

MIRAMAXの騒動をギャグに変えた監督だが、その影響で北米の配給会社が決まらず一時混乱したがレビュー済Chadwick Boseman遺作「21ブロック」STXエンターテインメントが身元引受人に。この会社は日本の楽天にも出資する中国テンセントが乗っ取った会社で、今やハリウッドの一大勢力。人権問題に煩いハリウッドが、中国新疆ウイグル自治区の問題にダンマリを決め込む情けなさ。映画は政治を健全に批判できるメディアだが、北米よりも市場の大きい中国には逆らえない。監督はドライアイの描き方で、イギリス資本が半分の本作で精一杯、中国を小馬鹿にした"笑"。

オリジナル「Toff Guys」はイギリスで成功したアメリカ人を、地元のイギリス人が脅し、それにロシア・マフィアが暗躍する。と言う筋書きだが、STXエンターテインメントはタイトルを主人公の名前「Bush」(ブッシュ・ピアソン)に変えさせ、富裕層の中国人を描くよう指示。ブッシュは当然あのアホ大統領だが、北米以外の配給権を持つイギリスのEntertainment Filmが主人公の名前をミッキーに上書きしてタイトルも「The Gentlemen」に変更して無事ロンドンでプレミア上映。中国マフィアをジョージ卿と嫌味な名前にしたのは、エドワード一世の末裔である監督の最後の抵抗。

クライムはスリラーの変形で、散りばめられた伏線が1つに繋がる点は同じだが、其処にユーモアを混ぜ、本筋と関係無さそうなエピソードが急にインサートされたり、時間軸を平気で遡るのがクライムの特長且つ監督の個性。トピックを1つ1つ畳んで片付ける事の出来ない方が「ノレない」と思うのは、ある意味正しい、1つでも引き出しに仕舞い忘れた伏線が有ると、ラストで物語が繋がらないが、それがクライムあるある。基本的に「ロック、」とやってる事は変わらないが、クライムは生真面目な人には不向きかも。逆にスリラー慣れしてる方は余裕でラストのドンデン返しを見破り大笑いできる。「最後に勝利するのは誰?」に目を奪われてると、本当の意味で楽しめないので最後まで McConaugheyではなく、Hugh Grant目線で見て欲しい。

本筋で面白いのは1000年経っても変わらないイギリス人の排他主義。身も蓋も無い事を言えばイギリス人は外国人が全部嫌い"笑"。主人公がアメリカ人で仕えるのがイギリス人、それでタイトルが複数形のジェントルメン「ジェントルマン」ではない皮肉。経済的な理由でEUに参加したが、€を使う事を最後まで嫌い「俺達は女王陛下の紙幣しか使えない!」と£を強引に認めさせ、中東からの移民受け入れを快く思わない層が大半で、さっさとEUを離脱。ブリテン魂と言えば聞こえは良いが、京都人の私にはとても共感出来る"笑"。マフィアの巨大ビジネスを成功させた大物が、YouTuberに簡単にヤラレる現代の風潮を大いに皮肉る。没落した貴族を逆手に取る等、現代版にアップデートされたクライムを堪能。

邦画に詳しい友人が「仁義なき戦いイギリス編」じゃないかと言ったが、確かに東映ヤクザ・シリーズには社会性が投影され、世間の意見を代弁した側面も有る。主役のジェントルマンはアメリカから出稼ぎに来た純正の紳士では無い。次世代のストリートのガキは「紳士たれ」なんて屁とも思わず大人のテリトリーを掻き乱すが、単に自分の居場所に安住するだけで、アメリカの下剋上ギャングの根性も無い。当のイギリス人は金持ちの機嫌を窺うばかりでプライド0。見せない豚小屋のシーンなんて、最高にオフビートでEddie Marsanはアレで良い"笑"。やはりイギリス人は「人を上から目線で冷笑してナンボ」なので「あー面白かった」安易なカタルシスに逃げないのが「イギリス映画を見た」と言う満足感に繋がる。

Colin Farrell率いるトラックスーツ集団「トドラーズ」は、良い創り込みでスピンオフでも全然イケる仕上がり、コレで終わりはもったいない。本編の続編はムリでも、コッチは創って欲しい。結局、未来のイギリスは彼らに託されてる。それをエンドロールで流す真の意味は深い。彼らの雄姿は此方でチラッと。
https://www.youtube.com/watch?v=jIWbIOi53Gs

監督は盟友のMatthew Vaughnが「キングスマン」シリーズを成功させ、英国紳士復権をアピールしたが、その続編に「これって007じゃない?」と疑問に思い本作を作った。監督のスパイ映画「コードネーム U.N.C.L.E.」のポスターをMIRAMAXのオフィスに貼ってるが、アレは自分が大損させたワーナー・ブラザース映画で自虐とも言える。結局「The Gentlemen」と言いながら紳士は一人も居らず「もう大英帝国は紳士の国じゃない!」監督の叫びがスクリーンから聞こえてくる。

クライムは人を選ぶので、ノルか反るかは貴方次第。英国産の極上クライムをご堪能あれ。
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