噛む力がまるでない

今日もどこかで馬は生まれるの噛む力がまるでないのレビュー・感想・評価

-
 競馬産業に関わる人々のさまざまな視点で引退馬の問題を見つめる非常に見ごたえのあるドキュメンタリーだった。競馬だけはなく、ペット産業などにも通じる話でもあり、引いては動物の命と向き合う映画になっている。決して馬が可哀想という単純な話ではない。

 序盤は主にファンの目線から、中盤は生産者や調教師といった内側から、終盤はセカンド(サード)キャリアの可能性を提示、といったように90分を30分×3にした見やすい構成なのが特徴だ。わたしは競馬に明るくないのでとてもわかりやすかった。あえて答えを見いだしやすい内容にはせず、問題の複雑さを浮き彫りにしながら競馬ファンだけではなく見る者全員にも問いかけがあるところも優れている。
 印象的だったのがコスモヴューファームの岡田義広と渡辺牧場の渡辺はるみの取材だ。岡田はかなりクレバーな目線で馬を調教しており、批判はあっても競走馬として長生きさせるための方針を強く取っている。一方で渡辺は牧場の経営に苦しみながらも、思いやりを持って養老馬に最期の場所を提供し続けている。二人とも立場ややり方は違っても根っこの部分はきっと同じで愛情深いことに変わりはない。はじまりと終わりの部分を担っている者同士が手を結べば、何か新しい発展があったりはしないのだろうか。

 登場する人物全員が人生を賭して馬と関わりながら、愛情と並列に「割り切る」という言葉を発しているのがなんとも苦い。締めのパートで4人組のファンが「JRAが関われば……」と言っていて、まさにその通りなのだが、競馬の廃止・縮小の動きがこれまで一度もないというのはやはり既得権益というか、引っ掛かるものがある(JRA側の証言があまりないのもそこをより強調させている)。2兆円以上の売り上げがある超巨大産業なのに生産者や牧場主などの末端はまったく営利が成り立っていないのは深刻で、業界全体の金回りも良くないように見える。
 コスモヴューファームの岡田がラストで語る「需要があるからやってること」の言葉はグサリとくるし、道のりはまだまだ遠いように感じても、悲観的ではなく望みを繋ぐような形で映画は終わっている。引退後の馬の様子を知りたいファンが増えたのはインターネットやSNSの普及が大きいだろうし、この映画が作られたことにもたいへん意義がある。フィルマークスではレビュー数がまだ100人もいっていないので、競馬に関心があってもなくてもたくさんの人に是非見てほしい。