カツマ

シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!のカツマのレビュー・感想・評価

4.4
奇跡の夜があった。それは脈々と語り継がれ、星の数ほどの人の心を震わせ、そして伝説として世に残された。ステージは刹那の星、だからこそ、その一瞬ごとに美しい花火のように咲き誇っては、余韻のように散っていく。でもその残響はいつまでも枯れぬまま、終わりのないカーテンコールのように我々の記憶の中で時を越える。

100年以上も上演され続ける偉大なる舞台劇『シラノ・ド・ベルジュラック』の誕生にまつわる伝説的なドタバタを、フランス映画らしい怒涛のハイテンポで描いたロマンチックな喜劇である。こうして映画化へと漕ぎ着けたのは、自身もこの『シラノ・ド・ベルジュラック』の舞台版を監督し、モリエール賞を席巻したアレクシス・ミシャリク監督。ベテラン、若手が入り混じり、一つの奇跡を生んでいく。その奇跡のような道程が完璧な着地を決めた時、スクリーンを見つめる自分の目にも感動的な光が灯っていた。

〜あらすじ〜

若手の劇作家エドモン・ロスタンは大女優サラ・ベルナールを擁した詩劇を上演するも、客の受けは悪く、たったの1週間で打ち切りとなってしまう。それ以降、新しい構想も浮かぶことなく2年の時が経過。もう妻からの期待も薄れ、無名の劇作家のまま、エドモンは燻り続けていた。
そんな彼に名優コンスタン・コクランが新しい劇の上演を持ちかけてくる。だが、コクランから提案された台本の締め切りは2時間後という異常事態。物語も何も浮かんでいないエドモンだが、得意の詩で乗り切って、何とかコクランを味方に引き入れることに成功する。それでも物語は冒頭の数行しか書けずに絶体絶命。それを救ったのが友人が片思いしている女性、ジャンヌだった。ジャンヌと正体を明かさぬまま文通をスタートさせたエドモンは、その手紙の中に劇へのヒントを見つけ・・。

〜見どころと感想〜

今作はフランス映画らしい仕掛けがいっぱいで、フランス映画好きには強くオススメできる作品だ。楽天的で、情熱的で、ウイットに富んでいて、やはりコミカル。抜群のテンポの良さと早ゼリフ、早回しの連続に、こちらの情感のBPMも常に強い脈を打つことになるだろう。
演劇好きな人には堪らないであろう、伝説的な人物も多数登場。エドモンら主要キャラクター以外にも、大女優サラ・ベルナール、ロシアを代表する劇作家アントン・チェーホフなど、有名人の登場にもニヤリとさせられた。

エドモン役を演じたのは『最強のふたり』の端役で登場し、その後、キャリアを重ねて主演格にまでのし上がった気鋭の若手、トマ・ソリヴェレス。ベテランのオリヴィエ・グルメ、マティルド・セニエは盤石の安定感と張りのある声帯で舞台上を完全に制圧した。数年前にフランチフィルフェスティバルで見た『転校生』に出演していたイゴール・ゴッデスマンに再び会えたのも嬉しい驚きだったり、フレッシュなキャストもインパクトを残していたと思う。

アート作品を生む喜びと苦しみをいっぱいに詰め込んで、この映画はたくさんの人々の悲喜交々を引き受けながら、圧倒的な大団円を飾ってくれる。エドモンが何度も何度も壁にぶち当たるものだから、それらが形になって、スタンディング・オベーションを受けている光景はあまりにも感動的で、胸いっぱいの悦びに満ち溢れていた。

あまりにも荒唐無稽、だけれども、これは今もなお語り継がれる伝説の一幕のお話。エンドロールの本人たちの肖像画はどれも凛々しくて、舞台劇の歴史を繋いできた偉人たちに、こちらの方が万感の拍手を送りたくなるような作品でした。

〜あとがき〜

突然時間が空いたので、初日の今日、ヒューマントラスト有楽町に駆け込んで見た本作。大好きな作品でした。元々フランス映画は好きですが、この映画はフランス映画の良さが目一杯に詰め込まれていて、最後にはみんなが笑顔になれるようなハッピーな気持ちにさせてくれます。

コロナ禍で大作の公開が見送られてばかりですが、ミニシアター系列でこういった作品が鑑賞できることに感謝したくなりましたね。とにかく元気になれる作品ですので、舞台劇にあまり詳しくないという人でも十分に楽しめると思います。エドモンと一緒に『シラノ・ド・ベルジュラック』を探す旅に出てみてはいかがでしょうか。
カツマ

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