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ようこそ、革命シネマへ/木々について語ること ~ トーキング・アバウト・ツリーズのDickのレビュー・感想・評価

4.3
●1989年、クーデターにより軍事政権が成立して以来、表現の自由は奪われ、映画産業も崩壊してしまったスーダン。本作は、そんなスーダンで、映画館の復活に立ち上がった元映画人の4人の老人たちの活動を追ったドキュメンタリー

❶相性:良好。映画は自由の象徴であり、民主主義のバロメターである。

➋アフリカの北に位置するスーダンに関しては、日本ではマスコミで時々報道される南スーダンの難民問題等の断片的な知識しかなかった。まして、スーダンの映画状況などは知る由もなかった。

➌公式サイトによると:
①1970〜80年代、スーダン全土には70以上の映画館が存在していたが、1990年代半ばには、すべての映画が上映禁止となり、映画館も全滅してしまった。
②1960〜70年代に海外で映画を学び、スーダンで映画作家となった人たちがいる。下記の4人だ。彼らの作品は海外で高く評価され、母国スーダンに映画という豊かな文化を根づかせようと切磋琢磨しあう仲間たちだった。
ⓐイブラヒム:1964年、ドイツのポツダム映画・テレビ大学を卒業。
ⓑエルタイブ:。1977年、カイロの映画大学(the Cairo Higher Institute for Cinema)を卒業。
ⓒスレイマン:1973年から1978年までモスクワの映画大学(the VGIK Institute of Cinematography)にてドキュメンタリー製作について学ぶ。
ⓓマナル:1977年、カイロの映画大学(the Cairo Higher Institute for Cinema)を卒業。
★彼等の当時の作品の一部がアーカイブとして本作に挿入されている。
③彼等は1989年に映画製作集団「スーダン・フィルム・グループ」 を設立するが、同年、クーデターにより独裁政権が誕生し、表現の自由が奪われてしまう。
④彼等は、、思想犯として逮捕されたり、亡命を余儀なくされたりして、バラバラになり、映画製作が不可能となる。
⑤長らく離散していた4人が、母国に戻り数十年ぶりの再会を果たす。しかし、すでに映画産業は崩壊し、かつてあった映画館もなくなっていた。
⑥そして、独裁はまだ続いていて、国民の自由は制限されていた。

❹本作は、還暦を過ぎた4人が再会した2015年から幕が開く。
①4人は、郊外の村を訪れては、細々と巡回上映を続けるが、「映画を再びスーダンの人々のもとに取り戻したい」というスローガンを掲げ、一夜限りで映画館を復活させようと奔走する。
②まず、長らく放置されたままの野外映画館を利用すべく、映画館主や機材会社と交渉し、街の老若男女に観たい映画のアンケートを募り、映画館の修復作業をする等の準備を進める。
③1回目の作品は、『チャップリンの短編集』で、何とか無事に終了する。
④次の目標は、常設映画館の復活である。こけら落とし作品は、Q・タランティーノの『ジャンゴ 繋がれざる者(2012)』が予定されている。
⑤しかし、なかなか政府の許可が下りない。一つの課題をクリアすると、別の課題が立ちはだかる。理不尽な嫌がらせである。一難去ってまた一難。それでも、4人は諦めずに、我慢強く、交渉を続ける。
⑥でも、軍事政権の厚い壁を崩すことは、現時点では不可能と分かり、とうとう断念する。
⑦それでも、彼等の顔は涙でくもってはいない。それどころか、笑顔をみせている。希望を捨ててはいないのだ。この数十年間に渡る彼等の過酷な体験に比べれば、取るに足りないことなのだろう。
⑧彼等の夢が実現する日が来ることを祈りたい。

❺本作を観て思った:
①映画は自由の象徴である。映画には訴える力がある。疑問点や問題点を指摘する力がある。人々を説得する力がある。
②かって、ヒトラーや金正日が映画を、プロパガンダに利用したのは、この力を熟知していた為なのだと思う。
③一方、映画の力は、誰でも活用することが出来る。独裁者にとって、反体勢力がこの力を持つことは、厳に戒めるべきことなのである。
④本作で、軍事政権が許可を出さなかったのは、これを恐れてのことだったと思う。
⑤誰でも自由に映画を作ることが出来るか否かが、民主主義のバロメターとなると思う。

❻日本のこと:
①我が日本には「思想の検閲」はない。
②しかし、「政府の顔色をうかがうスポンサーの忖度」がある。
③スポンサーの意向に反する映画を作ることは、事実上不可能である。そして、このことは、表面には出てこない。
これが問題なのだ。
④今の日本映画市場のドル箱になっている高校生向けのチャラチャラした映画を悪いとは言わないが、そんな作品を自由に作れるからと言って、民主主義に問題がないとは言えないのである
⑤そんな中で、朗報があった。今年の日本アカデミー賞作品賞に『新聞記者(2019)』が選ばれたことである。更に、最優秀主演男優賞と最優秀主演女優賞に同作の松坂桃李とシム・ウンギョンが受賞したのである。これは全く予想外の嬉しいニュースだった。同作は「2019年日本映画マイ・ベスト10」のトップとなった当年度最良・最高の骨太社会派作品であり、心から喜びたい。これまでの日本アカデミー賞は、大手映画会社とTV局の意向で決まっていた可能性が大きく、映画ファンの評価は低かった。ところが、意外や意外、大手ではない、資本金1,000万円の会社の作品が最優秀賞に輝いたのである。日本アカデミー賞始まって以来の画期的な出来事と言える。まずは日本アカデミー賞協会会員の勇気ある決断に敬意を表したい。そして、今回を契機に、日本アカデミー賞の流れが変わることを期待したい。

❼原題の「Talking About Trees」は、ベルトルト・ブレヒトの言葉、「こんな時代に木々について語るなんて、犯罪のよおうなものだ! それは恐怖や悪を前に沈黙するのと変わらない」から取られている。

❽外部評価
①受賞:2019年 ベルリン国際映画祭 パノラマ部門 ドキュメンタリー賞・観客賞 受賞、2019年 イスタンブール国際映画祭 審査員特別賞・FIPRESCI 賞受賞、2019年 アテネ国際映画祭 スペシャルメンション受賞、2019年 エルグーナ国際映画祭 最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞、2019年 カルタゴ映画祭 タニト・ドール(最優秀賞)受賞、2019年 ハンプトン国際映画祭 最優秀長編ドキュメンタリー賞受賞、2019年 ムンバイ映画祭 審査員大賞受賞、2019年 アミアン国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞受賞、他。
②Rotten Tomatoes:12件のレビューで、批評家支持率は100%、加重平均値は8.4/10。極めて高い。
③MDb:585件のレビューで加重平均値は7.5/10。
④KINENOTE:11人の加重平均値81点/100点
⑤Filmarks:93人の加重平均値3.9/5.0
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