うっちー

すばらしき世界のうっちーのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.5
 初めて劇場で観る西川作品。紹介されるたびに「女性監督」云々で、ご当人は意識せずとも持ち上げられているように見える日本映画界の現実。監督は何も悪くないのに。そんなわけで、ひねくれて避けていたのかも。また、今まではオリジナルが多い方というイメージだったが、今作は佐木隆三さんの原作を元に脚色した作品で、ストーリーやテーマ的にも興味が湧き。そして、これは、大傑作だと思います。

 昨年『ヤクザと憲法』を観て、現代におけるヤクザがどれほど生きづらいかを目の当たりしたのですが、同時期に公開の『ヤクザと家族』は、この『ヤクザと憲法』にそっくりの組事務所の風景が出てきて、一瞬ドキュメンタリーチックなのですが、内容は古めかしいまでのフィクションで、また、ノワールかつブロマンスの要素も濃厚。ひと昔前の韓国映画みたいでした。それも否定はしないのですが、この『すばらしき世界』は、格が違うように思います。

 13年の刑期を経て出所した三上の言動のひとつひとつに、違和感のあるものはひとつもなく、自分は全く経験したことがないにも関わらず、かなりの現実味を感じさせるものでした。周りの人の視線、役所や免許センターの職員の対応や台詞、巷の人たちの様子など(チンピラは実際あんなものだと思うし、終盤の勤め先の福祉施設の若い職員の表裏なんかはホントにリアルで、誰もが完璧に良くも悪くもない現実がそのまま描かれていた)。その現実に、戸惑いながらも、懸命に自分を奮い立たせながら歩みを進めようとする三上を、役所広司が全身全霊のリアル演技で体現。もう、いうことはありません。

 身許引受人として三上を見守る弁護士の橋爪功と梶芽衣子の夫婦、ひょんなことから三上に密着取材することになったディレクター役の太賀、役所で対応した役人役の北村有起哉、昔の仲間のヤクザ、白竜とその妻のキムラ緑子、近所のスーパーの六角精児など、三上の周りの人達がリアルより少し温かいくらいの人物造形。そこには男の美学もブロマンスもなく、厳しい現実の中で頑張ってほしいという、優しげな気持ちだけ。また、それを肌で感じ、黙って受け止め、受け入れようとする三上の気持ちだけが、この映画の奇跡なのだ。

 ドキュメンタリーの面白さ、フィクションの面白さ。時にその両方が混ざることも最近では多いけれど、危険な混ぜ方、雑な混ぜ方もある。そういう意味でも、この映画の思想や向かっていこうとする方向は、素晴らしいと思うし、支持したい。 
 真新しい自転車、雨に濡れたコスモス。遺された悲しさはあるが、悲劇ではない最後だと思うし、自然だった。うっすらとした希望すら、遺していると思う。
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