ぎー

すばらしき世界のぎーのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.5
【西川美和特集4作品目】
「この世界は生きづらく、あたたかい。」
「あんたは、これが最後のチャンスでしょうが。娑婆は我慢の連続ですよ。我慢のわりにたいして面白うもなか。そやけど、空が広いち言いますよ。」
「お前、終わってんな。カメラ持って逃げてどうすんのよ。撮らないんなら、割って入って止めな。止めないのなら撮って、視聴者に伝えろ。あんたみたいなのが一番、何も救わないのよ。」

一年に多量の映画を見るが、毎年何本か傑作に出会う。
そして、本作は2024年最初に出会った傑作となった。
西川美和監督作品は正直どの作品も素晴らしいが、中でも最も評判の良い本作を鑑賞を最後に残していた。
ハードルはこれ以上ないほど高まっていたが、余裕でそのハードルを飛び越えて来た。
作品自体は前科者の中年男性の人生であり、決して明るいものではないが、これほどまでに性善説に立った映画をこれまでに見たことがない。
劇中に出てくる全ての登場人物が自分よりも遥かにあたたかった。
良くも悪くもあまりにもカッとなりやすい主人公の三上さんに周囲の人々は、"社会で生きていくためには、逃げて我慢することも重要"と言う。
しかしそんな彼らは、確かに時には逃げて我慢しているのかもしれないが、間違いなく隣人の境遇に想いを馳せ、向き合い、伴に歩んでいた。
この世界の大きな大きな課題を示すとともに、この世界がまだまだ素晴らしく捨てたものではない温かいものだと示す。
相反する二つのテーマを高次元でやってのけた、邦画史に残る傑作だった。

これだけ素晴らしい内容の映画を素晴らしい映画たらしめたのは、西川監督だからだろう。
殺人事件を犯し、刑期を終えた三上の生き様を通して、この世の中がいかに前科者にとって生きづらい世の中であるかを描くには、過酷な画を撮る必要がある。
一方で、その主人公が感情の起伏が激し過ぎるものの無垢であり、周囲にも彼の境遇に想いを馳せる人々がいて、この世の中が素晴らしく捨てたものでないかを描くには、温かくホッコリする画を撮る必要がある。
西川監督はこの相反する画を、完璧にシームレスに映画で表現してみせた。
完璧だった。
もちろん完璧な映画たらしめたのはキャストの凄さもある。
主人公の三上を演じた役所広司は、キャリアベストと言っても過言ではない名演技を見せていたし、現実から逃げていることを辞めて三上に向き合う小説家を演じた仲野太賀はまさにそのまま映画の中で成長していくような演技を、正論だが温かみのない、この映画のストーリー上登場は少ないが非常に重要な役割を担うテレビ局員を完璧に長澤まさみが演じ切った。
温かく善良な市民であるスーパーの店長は六角精児が、仁義に厚く昔の縁を大事にするヤクザの姐さんはキムラ緑子がピッタリだった。

これだけ全ての人に希望を与える映画なのだから、ラストの終わり方は残念ではあったが、実話に基づいている物語である以上仕方ないのだろう。
ただ、辛く我慢の連続だった人生ではあるが、最後温かい人々に想いを馳せられ、広い空の下で一生を終えられたことは、主人公三上にとってこの上ない幸せだったと、そう思う。
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