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おらおらでひとりいぐものNMのレビュー・感想・評価

おらおらでひとりいぐも(2020年製作の映画)
3.7
なんだこの映画は。素晴らしい。
てっきり老人が日常を通して孤独を噛み締めたり家族とコメディチックに生活していくだけの話かと思っていた。全く違った。
実は家族みんなでほのぼの観るような作品ではないと思う。

非常に芸術的でファンタジック。一体原作小説がどうなっているのか気になる。沖田監督が影響を受けた監督や作品がいるなら知りたい。
劇伴も豊か。通りがかりの人たちも回想に参加してくるしミュージカル風ともいえそう。
脳内の空想と現実が交錯していくので、あとから考えると想像上の人物だったのかという人も、明らかに現実的じゃないよねという人も。
結局なんだかヒロインは賑やかな毎日を送っているようにも思えてくる。
愛は大事、家族も大事、でも自分だって大事、ということを肯定してくれる。
想像力や視点の高さって自分の人生を考えるときに本当に大事になってくるんだなと感じた。今から鍛えておかないと。
演出の素晴らしさは、老後等のテーマに興味がない人にもおすすめ。
ほかにも様々な理由で引き籠もり中の方にも良いし、一人で在宅仕事をする人、オンラインのみで通学中の人などにも。

最初に不思議な演出で目を奪われるので、あまり興味のなかったはずのヒロイン自身の回想ものめり込んで観ることができた。

三人の息子たちが面白く、彼らがいることでヒロインとのバランスが取れる。三人ぐらいはいないと作品が暗くなってしまうだろう。
おや、息子ではないようだ。少なくとも現実にはそこに存在していない。一体誰なのか。息子と娘は他にいる。
エンドロールでは意外な役名が明らかになる人物が幾人かいる。その意味でも大人向け。子どもは流石に混乱するだろう。

中盤から本格的にヒロインの回想シーンが挟まれていく。
どこにでもいるおばあちゃんかと思ったら激動の人生を送っていた。


東京に一人で暮らしている、日高ももこ。
歩いて山にも行ける住みやすそうなところ。
山形の生まれで、親の決めた結婚が嫌で家出し上京、私は新時代の女だと言いはり一人きりで食い扶持を探した。
住み込みで働いた食堂で、同郷の青年と出会い結婚。
ももこは彼と添い遂げたが、彼女いわくそれは愛に自分を明け渡した人生だった。
新しい時代の女のつもりだったのに、同郷だからというきっかけで彼を好きになり、そのまま惰性で過ごした面があると。
嫌いでもあり恋しくもある故郷の象徴が彼だった。
幸せでもあったはずだが彼女としては悔恨もあるらしい。そしてその点についてはあまり積極的に振り返らないようにしていた様子。

愛した夫は早くに亡くなり、就職した息子からは全く連絡がないのでもういないと思うことにしている。
娘は近くに住んでおりたまに来てくれるが、お互い胸に抱えるものがあり実は見た目ほど仲良しではない。
ただ連れてくる孫はももこにとってまるで天使だ。
この日来た娘の用事は金の無心だった。息子に習い事をさせたいが彼女のパート代では足りないとのこと。夫はいないのだろう。
ももこが戸惑い顔を曇らせると手のひらを返し、お兄ちゃんにはすぐ貸すくせに、だからオレオレ詐欺に引っかかるのよ、と昔のことで説教まで始めた。きっと連絡のない息子だからこそ引っかかってしまったのだろう。
娘が帰るなり缶ビールを煽るももこ。
愛する娘なのに関係には色々と問題があり、娘のわがままにむかつきはするものの、自分が悪いからだという思いがある。
きっと親なら誰でも自分の責任で子どもに辛い思いをさせたという考え方はどこかに抱えていて、それを成長した子どもに指摘されるとショックで言われたことに黙って従ったり逆上したりするのだろう。
外から見て問題のないように見えてもどこの家族には様々な背景があるもの。

ももこは登場時はひどくおばあちゃんに見えていたが、彼女の性格や生活スタイルのせいで老け込んで見えているだけのようにも見える。腰を痛めてはいるもののその他の思考はもっと若々しい。独り言を言わないことも孤独に見えてしまう原因だがそれは別に普通のこと。友人に依存したりせず自分の価値観で考え行動しているので寂しそうに見間違うがそうではない。
またこれが男性だったら全く普通なので、女性は年を取っても明るさや天真爛漫さを求められるのものかもしれない。
人間はいつも家族や友人に囲まれていないとだめ、という考えに殆どの人は支配されている。
そして一人で生活したことで想像力はより豊かになったようだ。ももこは冒頭で「主婦っていうのはもっとクリエイティブな......」と発言しているしもともと創造性や感性は豊かではあっただろう。
自分はアルツハイマーではないだろうかと疑う冷静な客観性もあり、人間関係で問題があってもなあなあで収めて自分のほうの瑕疵を認め、考え方は非常に大人で理知的。まとも。

実は彼女は夫を亡くしたとき、悲しみと同時に、再びの自由への喜びがあった。愛も大切だったが、誰にも縛られない一人の自由もももこがずっと欲しかったもの。夫はその両方をくれたとも言える。
そのことを認めた時、世界が急に彼女を祝福し始めた。
どちらも得た人生なのだから、その意味で幸せ者とも言えるではないか。

ももこは毎日図書館に通い地球や全てのものについて思いを巡らせてきた。
人間や生き物は太古より生まれては死に、ももこもその中のひとつ。小さな存在であることを認識することで得られる安心感もある。

エンドロールは最後まで観ることをおすすめ。最後のあの音で、ああ明日もまた同じ暮らしが始まるのだなと感じる。
でもももこなら少しずつ前日とは何かが違うのだろう。

孫娘役の笑顔は本当にかわいい。これを見たら他のことはふっとんで流石に自分は不幸とは言えないだろう。

「寂しさ」たちは敵ではなく友でもあるというメッセージを感じた。豆はちょっと強めにぶつけられていたけれど。最も気に入ったシーン。
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