かんげ

泣く子はいねぇがのかんげのレビュー・感想・評価

泣く子はいねぇが(2020年製作の映画)
3.7
【そして父になれない】

filmarksさんのオンライン試写会で視聴。

娘が生まれたばかりの主人公・たすくは、妻・ことねの制止をきかずに、地元の伝統行事「なまはげ」に参加する。しかし、「酒を飲まない」「早く帰る」という妻との約束も守れず、全国放送で大失態を引き起こす。妻には愛想をつかされ、街から逃げるように東京で暮らすが、そんな時に元妻の父の死を知り…という物語。

たすくは、主体性もなければ、他者を慮ることもない、将来の見通しもなければ、要領も得ない…ダメ要素の百貨店みたいな男。冒頭から、娘が生まれた喜びも感じられず、戸惑いのようなものしかない。なまはげで大失態を起こしたのも、日ごろの鬱憤を爆発させた結果。「嫁さんが吉岡里帆で、娘まで生まれて、なんで鬱憤をためてるんだよ!」って思ってしまいます。「なんなんだこいつは?」と思いながら見始めることになります。秋田に戻ってからも、彼は、許してほしくて謝ることはあっても、悪いことをしたと思って謝ってはいないのではないでしょうか。

妻・ことねが、「先はない」と思うのも当然です。しかし、それなら、なぜ彼女も結婚しようと思ったのでしょう? 結婚するまで気づかなかった? 彼女は芯の強いしっかりとした女性なのでしょうか? 娘をあやすシーンはあるのですが、それ以外に世話をするシーンはないんですよね。本当に、ワンオペ育児に悩まされてきたのか、分からないのです。後に、娘を保育所に預けてパチンコをやっていたりもします。もちろん、息抜きは必要だと思いますが、常習性のあるパチンコをしているということは、そういうことなんだと思います。ダメなたすくを受け入れてしまい、結婚してしまう程度には、彼女もダメなのでしょう。でも、化粧っけのない吉岡里帆は、とてもいいです。

保存会会長の夏井さんは、なまはげは、ただ子どもを泣かすだけではなく、父親が子どもを守る、親子の絆を育む行事だと言います。しかし、その夏井さんが、たすくをなまはげに強引に誘うことで、たすくは家族を失うのですから皮肉なものです。

ただ、「生放送のインタビュー中に裸の男が横切ったとして、カメラがそれを追うか?」という疑問はありますが。

また、親友であるはずの志波は、自分が進めた酒が原因の一つとなって、地元を追われることになったのに、なぜ、たすくと平然と付き合えるのでしょうか? 彼が規範意識が欠如した人間であることは分かりますが、それと友人関係はまた別の話でしょう。

そんな感じで、前半、あまり乗り切れずに観ていたのですが、物語も大詰めに入ってきた発表会のワンシーンで、それまでの印象がチャラになるほどの衝撃を受けることになりました。詳しくは伏せておきますが、静かに、残酷に、どうしようもない絶望を感じさせるシーンには、なかなか出会えない気がします。一生、心に残りそうです。

そして、それがあったからこそ、ラストでの行動は、最初の夏井さんの言葉を踏まえ、どういう意味になるのかを考えると、自分も心の中で、涙しながら、なまはげのように叫ぶことになりました。あれを「成長した」と呼んでいいのかどうか分かりません。でも、きっと、あの後、彼は変わることができるのだと思います。

それにしても、一世風靡で自分の付き人をしていた中野英雄の息子と共演するのですから、夏井さん役の柳葉敏郎は嬉しいでしょうね。しかも、自分の故郷が舞台で、「父親」がテーマですからね。いいキャスティングでした。
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