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疑いの中でのNMのネタバレレビュー・内容・結末

疑いの中で(2019年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

後味が悪いとだけは聞いてあったので助かった。知らずに観ていたらラストにもっとびっくりしていただろう。
サムネイルの、老人と若者が和やかに会話している様子はミスリードのためのチョイスにさえ思える。冴えない日々を送る二人の意外な出会いで人生が変わる映画かとすら思ってしまう。
良くできた作品。

世の中にはやっていいことと悪いことがありそれは絶対。だがこの青年はお願いしたり泣いたり謝れば必ず許してもらえる(騙せる)と思っていた。映画や漫画の世界と現実世界との区別がついていないらしい。
しかし人を見くびって安易な考えでことを起こすと取り返しのつかない結果になるのが現実世界。


「檻の中に住んでるみたい」
イヴィタ・ガリアは80を過ぎ一人暮らし。
教職を勤め上げたあとは、家族親戚の付き合いすらもない日々。
世話をしにくる介護職員や医師たちも、悪気はないが多忙で丁寧に相手をしている暇などない。
唯一の活動であった教会ボランティアまでもう不要と言われてしまった。
誰も私を必要としていないのか。

一方、演技の試験にいどむ青年。ぼろぼろと大泣きして演技したが、泣ければ良いわけじゃないと講師の反応は冷たい。仲間も嘲笑している。
彼はなんだか判断力や生き方も浅はかで不器用そうな雰囲気。

その日帰宅すると家賃不払いで追い出されかけた。唯一の特技泣き落としで一ヶ月だけ延長してもらった。急な大泣きには相手の行動を止める威嚇的効果すらあるようで、厳しい大家も思わずドン引きしてしまった様子。
とにかくすぐさま利息も含め金を調達しなければならない。

教会から出てきたガリアの前を待っていた青年。
ジェンダ・ショーンと名乗り、遠縁だと説明。ガリアも思い出した様子。
ウェブで家系図を調べここまでやってきたと。
ボストン大学で生物学専攻をしているがが本当は演技の勉強のために行っていると語る。
学校名を聞いたとき返答に詰まったショーンに、ガリアは妙な雰囲気を感じた。が、久々に人と話した楽しさがついそれに目を伏せさせたのかもしれない。
お茶を飲みお互いの話をして、ガリアは送ってもらったついでに食事に招いた。

ショーンはあのあと一応実家にも行っていたが、母親を嫌っている。母の新しい恋人も気に食わない。
今も母を罵倒したり物を壊したりする。金が欲しいから来たはずなのに貸してくださいとは絶対に言わない。いつも寂しく、依存的傾向もある母なら必ず貸してくれるはずと舐めているから。
弱い親を守るしっかりした子ではなく、それを従わせて勘違いをしている傲慢な子に育った。

実家にはもう使っていない彼のギターやアンプがあるのでそれを売る素振りを母に見せる。ギタリストを夢見ていたが、俳優の道を選んだのだろうか。バイトもしていないようだし、意思が弱く夢見がちな性格にみえる。
母は青年をダンと呼んでいる。昔少年院に入ったこともあるらしい。そしてやはり母は大金を貸してくれた。

母とその恋人と三人で夕食を囲んでいると、ネットオーダーした家系図の話題になった。
ガリア叔母さんを覚えているか、大地主で金持ちと結婚した、と話す。
ショーンはそれだけ聞くと、出かけると言ってそのまま家を出ていった。

ガリア宅のドアや窓は檻のように頑丈な過剰なほどの設備が施されている。鍵屋が勝手に売りつけたらしい。
玄関は、外出時は外から、在宅時は中からディンプルキーで鍵をかける重厚な仕組み。

食卓に座り会話を続ける二人。
過去のことを聞き続けていると、ガリアはショーンの話についに決定的な矛盾を見出した。
ガリアが慌てて電話しようとすると、電話線が千切られていることに気づく。さっきショーンがやった。
ショーンもその隙に家系図を見直して誤りに気付いた。

ショーンは開き直り本性を見せる。
ショーンはガリアの目をまばたきもせず真っ直ぐ見つめ薄ら笑い、ナイフをつきつける。謎の男と食卓を囲み震えるガリア。

有り金を全部出せと言ったが家には現金は少ししか持ち合わせがなかったので金になりそうなものを家探しした。

通報したら戻ってくるからなと脅して出ようとする。
しかしドアが内から施錠してあったので開かない。
彼が鍵はどこかと問うと、ガリアはポケットから鍵を出しサッと窓の鉄格子から外に捨てた。
二人とも外に出る手段がなくなった。

朝になり、ショーンはガリアをナイフで脅して鍵屋に電話させたが、ガリアは口を開かなかった。
手段を変え、ショーンはまたも唯一の特技泣き落としにより、ガリアについに鍵屋に電話させた。
嬉々として部屋を片付けだし「あんた良い人だね!あなたみたいになりたい!」ととってつけたようにしゃべりだす青年を、呆れたような憐れむような目で見つめるガリア。
このシーンの彼の他人の褒め方はとても表現が稚拙で、彼は心から人を褒めた経験がないか少ないと予想させる。

ショーンはその直後、長い棒で窓の外の鍵を拾い上げることに成功。
そして意外なことに友人から、冒頭で受けた演技試験の合格を知らせる電話がきた。
ショーンは改めてここから去る決心をした。

このままショーンはガリアに許してもらい新しい未来を掴むのか。
いや、ダンは本当に浅はかで短絡的で、子どもだった。彼の可能性は自らの手で全てつぶした。
「もう誰も許さないと決めたの」


彼女は子どもの優しさも残酷さも長年見てきたので、彼が何をやるか分からないという可能性はずっと持っていたのだろうと思う。
あんたは悪党じゃない、とは言っているものの、それは本音かどうか分からない。実際躊躇なく親や老女に暴力や罵倒できる人間をそんなふうに根拠もなく信じられるとも思えない。
そして彼女は一人の生活ではあったが達観している面があって、事件意外の日常では不機嫌な様子すら人に一切見せず、全て受け止めてどんな時も抗議しなかった。ムカついている様子すらもない。
周囲に繋がりを求めるのは普通のことだし、思え方は冷静で倫理観も高かった。
そんな彼女だからこそ、何でもするからと命乞いするようなこともしなかった。敬虔な信仰者であり死んだら全てがおしまいとは考えていないはず。おまけにちょうど、この先長生きしてもいよいよ生きがいがなくなってきたなあと実感していたときでもあった。
命に執着していないことが彼女の何よりの強み。死を恐れない人にダンは勝てない。
ダンは、まだなにも成していないのにいつも全ての他人を見下していた。老人だから当然自分のほうが強いと安直に思い込んでおり、急に訪ねても自宅に現金がないことすら予想していない短絡さ。

そもそも強盗目的で教会で老人を待ち伏せするという計画が神をも恐れぬ悪質な行為。母親を売春婦呼ばわりし日本人は潰れた目と笑い老人を殴り、子供だからでは済まされないレベル。ガリアへもその長い人生を少しも知りもしないのに安直に否定し罵倒した。
普通の冴えない学生かにも見えたが、どう酌量しようとしてもやはり根っからの悪人としか言えない。

ダンはこの局面で本当に強いのはどちらか見誤っており、人生も人間もわかっていなかった。


メモ
チェコでは靴を脱ぐ家が少なくない(スリッパを履く)。ただ来客の場合は免除されることもあるとか。一旦はお伺いをたてるのがマナー。ショーンも家にあがるとき一旦は脱ごうとしたがガリアに土足OKだと止められた
部屋は小さめで清潔である傾向。
気温が低いが建物にはほとんどセントラルヒーティングがあるので屋内は温かいことが多い。
降水量は日本の3分の1。差すとしても折りたたみ傘程度。
チェコのことをチェコスロバキアと間違えたり東ヨーロッパ呼ばわりするのは失礼にあたる。(スロバキア人に対してもチェコと間違うのは失礼。言語も違う。)
ガリアはカトリックのようだがチェコでは無信教の人も多め。
食事は全員分が並んでから食べる。肉を切ったあとはナイフとフォークを持ち替えない。
ブラックユーモアを言う人が多いらしい。過剰反応する必要はない。
お店、特に一般的なレストランでは出入りのとき軽く挨拶をする。どうしてもスタッフが来ないときは話しかけに行ってもいいが大声で呼び寄せるのはNG。チップはいくら払うか会計時に申告し、テーブルに置きっぱなしにはしないこと。日本のように愛想よくもてなしてくれたりしない文化。
食事は肉料理が多く重め。
チェコ語かドイツ語ぐらいしか通じない。英語が通じるのはホテルぐらい。
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