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私をくいとめてのsanbonのレビュー・感想・評価

私をくいとめて(2020年製作の映画)
3.6
ぶつ切りのストーリーで、主軸がなんなのかが分かりづらい。

「大九明子」監督の作品を観るのは「勝手にふるえてろ」以来今作で2本目なのだが、この監督の作品は一本の映画として観た時のまとまりの無さがやけに目立つ印象だ。

それでも、勝手にふるえてろは恋愛ベタなオタク女子が長年の片想いにケリをつけるという「目的」に的を絞って話が展開されていく分まだ観やすかったのだが、今作に至っては何を一番に語りたくて何がこの物語にとって重要なのかが、一人の主人公の視点でそれぞれ特色の違うエピソードが雑多に詰め込まれていたせいで、かなり散漫になってしまっていた。

特にそれを顕著にさせていた原因が、日帰り温泉での出来事と海外旅行先での出来事だ。

それ以外は「多田くん」という、なんかよく分からない掴み所のない男性との恋愛模様が描かれるのに、この2エピソードに関してはメインである筈の多田くんそっちのけで、急にセクハラへの憤りや親友との確執など、全く毛色の違った話を盛り込んでくる。

しかも、それらがラストの展開に絡むようなこともほぼないから特に無くてもなんら問題はなく、なんでこの話が今作にとって必要だったのかがよく分からない。

また、やけに不穏な空気を纏わせたがり、心理的不協和が意図的に流れる演出が随所に散りばめられているのだが、それらもなにやら突飛なものばかりでどこか違和感を感じてしまう。

例えば、親友から妊娠報告を受けておらず、久々の再会時に大きくなったお腹を見て初めてそれを知るだったり、突然の雪に降られて豹変したように不機嫌になる多田くんだったりとか、やたらと空気を張り詰めさせておいて、それが結局何の為の演出だったのかがよく分からず、それいる?という場面がかなり多かったように感じる。

そのくせ、大事な主題が不明瞭なまま進行はしていくから、終始何を見させられてるんだろうという気分が拭えなかった。

恐らくそれらも、今作で訴えようとしている"拗らせ"に対する生きづらさの表現の一つだったのだろうが、だとしたら特に拗らせてない人からしても、人生の大きな出来事を親友だと思ってた人から何の報告もされなければショックを受けるし、普段は優しい柔和な人にいきなりイメージとは真逆の態度をとられたら、恐れ慄いて萎縮もするというもの。

つまり、今作の最大の問題点は、主人公である「みつ子」の"なにがヤバいのか"を的確に表現出来ていない点にあると思う。

身なりだって適度にオシャレで、住まいも適度に清潔感が保たれ、手料理だって他人に振る舞える腕前で生活力も申し分ない。

コミュ障みたいな設定だったはずが、社会性を保つ為の能力がない訳ではなく、同性異性に関わらずみつ子が会話で難儀する様子も窺えない。

唯一「A」というもう一人の自分を脳内に創り出し、それと会話をするという設定も、それを自分自身と理解出来ていないのならば本当にヤバかったが、みつ子はA=自分だと明確に理解したうえで、あれほど的確に思考を上方修正出来て、自らいい方向へと導けるのだから、それはむしろとてつもない才能と言っていい。

それこそ、なにかコツみたいなものがあって、それが他者にも共有出来るのなら、そのノウハウをビジネス書として世に出してもいいレベルである。

それに、このご時世「おひとりさま」だってさして珍しいものでもなく、ましてやみつ子は食品サンプルの体験教室に通ってみたりと、一人で気ままに行動する状況を心の底から謳歌しており、その行動に対して微塵も後悔などしていないのだから、これを拗らせとするのも時代錯誤かつ大きなお世話だし、むしろ社会人になっても友達いっぱいプライベート充実みたいなSNS中毒者が常にウェイウェイやってるのを見る方が、どちらかというと世間体に雁字搦めになり過ぎて、精神的に疲弊していそうな拗らせ感があるとさえ個人的には思ってしまう。

また、過去のトラウマから恋愛に奥手になっているというのも、全然心情は理解出来るしそれは全く拗らせとも違う訳で、それでも多田くんとの関係をなんとか発展させようと、ちゃんと自ら努力して決して受けに転じないところもむしろ好感が持てるというもの。

現実世界では、女性は男性からアプローチを受ける側という理想をいつまでも捨てきれず、自ら行動に移す事も出来ないままで、孤独を噛み殺し続けて生活を送る人も少なくない中で、みつ子は恋愛にいい思い出もない中よくやっていると思う。

それを言うなら、逆に腹立たしかったのは相手役の多田くんの方であり、むしろこっちの方が問題ではとも感じた。

はじめのアプローチだけ積極的で、かなり厚かましいお願いをしてまで接点を持たせたかと思えば、そこから先は一切進展させる素振りすらみせず、痺れを切らしたみつ子が先に発展させるも、そこでもまたスカして、LINEの会話もすぐ打ち切りにかかったりと、気のない素振りをずっと続けてたクセに結果的には好きですとは、一体どういった了見なのだろうか。

イケメンはそのくらいの態度の方が釣れるっていう自慢ですか??はぁ?

最後のホテルのシーンでも、正式に付き合って初めてのお泊まりなのだから、普通はあれで正解だし、男としてはむしろああするのが義務ですらあると思うが、散々気のない素振りで振り回し続けてたお前が今それをするのは違うだろと思ってしまう。

これまで散々どっちつかずな態度だったくせに、いざそういうシチュエーションになれば、すかさずそういう流れに持っていくのは、これまでのプロセスを考えるとどこか身体目当てであったようにも感じてしまう訳で、ただでさえ過去のトラウマが拭いきれていないみつ子がパニックになってしまうのも、あれでは当然というもの。

何回手料理を作ってもらっても玄関先で受け取り持ち帰るだけで、自宅に招かれてようやく一緒に食事する事になっても、お酒の差し入れどころかバイクで来てしまう始末で、更には日常的なコミュニケーションとしてのみつ子からのLINEの質問すらガン無視で強制終了させにきて、あれほど引いて引いて引きまくってきて、二人の距離が縮まる可能性を散々一方的に潰してきたくせに、軽ーく告白を済ませていざホテルに泊まるとなったら急に押せ押せで、後ろから抱きついて行為を求めてくるって、男目線からしても大分気持ち悪いんだが。

なのでこの映画、一番ヤバかったのは多田くんの方だったし、みつ子は演出上意図的に変人に見えるように施されていたが、客観的に見てもただ心の声が大きいだけで、基本は普通の女子力の高い可愛い女の子だったと思う。
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