Nasagi

ヘイターのNasagiのネタバレレビュー・内容・結末

ヘイター(2020年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

論文の盗用がバレて大学を1年で除籍処分になった主人公トメク。そんな彼が勤めだしたのは、フェイクアカウントやフェイクニュースを駆使して炎上やデモを扇動し、ターゲットとなる人物の面目を潰す「サービス」を行っている闇企業だった。

ネトフリオリジナルの新作で出てておもしろそうだったので観た、けっこう良かったのでもう少し話題になってもいい気はする。

2019年にグダンスクで暗殺されたリベラル派の市長と同じ名の政治家が登場する本作。EUにおけるリベラルと排外主義の対立が背景にあるが、この映画でフォーカスされているのは、その両者に取り入って扇動する主人公トメクの空恐ろしさである。
他人の発言を「盗用」してさも自分の意見かのように話すトメク。リベラルな政治家の前では台頭するナショナリズムへの不安を語り、排外主義の青年の前では(その青年の過去の発言からパクった)イスラモフォビア的な陰謀論を口にする。
リベラルと排外主義、双方のフェイクアカウントを同時に何十個も操って対立をお膳立てする。(やってることは完全にロシアゲートである)

そんなトメク自身は特定のイデオロギーを持たない「空っぽ」な存在(いわば人間フェイクアカウント)なのだが、周りの人が彼の中身のなさを見抜けずにまんまとノセられてしまうのがまた怖い。左派・右派問わずに自分に都合の良い言葉に飛びついてしまう態度に警句を発しているように思える。

トメクの行動原理をわからせるために、彼の抱える苦しみ(エリート一家からの拒絶や格差への絶望、母親に関する秘密)も描かれてはいるものの、彼に同情させようという意図があるとはとても思えなかった。最後まで観ればわかるがこの主人公、とんでもないド畜生である。
自身はリベラルな政治家でありながら公私混同を避けるために性的指向を隠していたルドニツキの気持ちを、トメクが利用して罠にかけたのを観て、ああこいつは本当に倫理観のかけらもない、「何でもあり」の奴なんだなと悟った。
あと見逃してはならないのがここの場面でグゼックもクラブにいること。彼も当事者だったとするなら、リベラルを目の敵にしてはいるものの極右一辺倒ではなく複雑な思いを抱えた人間だったということになる。
そしてトメクは、そんな彼の思いをも踏みにじったのである。

全体的にはリベラルっぽいクラジュキ家に対してはその欺瞞(弱者救済を訴える一方で金持ちとして経済的弱者を見下しているエセリベラル)を批判的に示している一方で、排外主義者の青年グゼックについては同情を誘うような描写が多かった。
個人的には金持ちはたしかに好きじゃないけども、「排外主義者もいろいろ辛いんだよ」と言われたら「政治的に批判する上ではそんなもん考慮せんでいい」と思う。ただ彼らについて何も知らなければ選挙で多数派を取ることもできないし、彼らを裏で扇動しプッシュする存在がいることも知らなければならないと思う。
Nasagi

Nasagi