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ニューオーダーのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

ニューオーダー(2020年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

裕福な娘マリアンは結婚パーティの日を迎え、幸せの絶頂にいた。貧富の差に対する抗議運動で街が荒れる中、彼女が暮らす豪邸には政財界の名士たちが集まってくる。そこにかつての使用人が病気の妻の手術費を借りたいとやってくるが、親類は冷たくあたる。彼を助けようとマリアンは、混乱する街に飛び出していくが…。

本作を一言でいうならば、「現実に起こりうる恐怖のシュミレーションドラマ」。
あまりにも突発的で、何と冷たくドライな暴力の連続か。
クーデターという大きなうねりの中で、なす術もなく翻弄される人々。
老いも若きも、金持ちも貧乏人も、善人も悪人も、寄せてくる暴力の波に追いつめられ、逃げることも叶わず次々と死んでいく。
目を逸らすことも身動きすら忘れ、ただひたすら圧倒される86分である。

「ニューオーダー」=「新しい秩序」という邦題からジョージ・オーウェルの「1984」のような全体主義国家の恐怖と体制打破を描くディストピア SFだと思っていたが、舞台は現代のメキシコ。
「母という名の女」「或る終焉」などで知られるメキシコの俊英ミシェル・フランコ監督が、広がり続ける経済格差が引き起こす秩序の崩壊を描いた社会派スリラーの秀作だ。

近所で行われていた抗議運動が暴動化し、結婚式をしていたマリアンの家も暴徒たちに襲撃されてしまう。
勤めていた使用人たちはアッサリと主人を裏切り、抵抗する者は容赦なく銃弾で殺され、家の貴重品や調度品を略奪して行く。
幸せなはずの結婚パーティは一転して地獄絵図と化す。

冒頭、荒々しい抽象絵画と、髪もメイクも整えず痛々しい有様の全裸の女性、そしてぶちまけられる緑のペンキといった不穏な光景が、わずか15分程度の時点で現実となる。
裕福な者が搾取し、差別し続ける圧政に、貧しき者が怒りの声を上げ、緑のペンキをぶちまけながら武装蜂起したのは明らかだ。

これが幸せな結婚式ではなく、金持ちの資金繰り目的のパーティーだったら「ザマァ見ろ」と思うのだが、花嫁マリアンのような心優しい人間も巻き込まれてしまうのか?と思うと心が揺らぐ。

マリアンは運良く難を逃れたものの、次に彼女を待ち受けていたのは軍による武力鎮圧と戒厳令だった。
暴動によって世の秩序が乱れ、鎮圧のために軍隊が登場。
治安維持のため、人々に高圧的な態度を取り、秩序を取り戻すために暴力を使用する負の連鎖が始まる。

その混乱に乗じて、軍の中には欲に目がくらんだ兵士たちが登場。
助けると嘘をつき、マリアンを拉致。
彼女の他にも富裕層を人質にしてその身内を脅し、金を巻き上げるのだ。

人質らの扱いは酷い。
住んでいる地域と親の名前を尋問され、金持ちと分かるや額に数字を書かれ、名前さえ呼ばない。
男女問わず牢獄にぶち込まれ、身代金の脅迫動画を撮られる。
若い女性は慰み者にされた上、全裸で並べられた人質たちは風呂の代わりに冷たい水道水をホースでかけられる。
身代金が支払われた人質は解放されることなく、口封じに射殺される。
ナチスのホロコーストもかくやという血も涙もない扱いだ。

マリアンの家族と人質を救うべく奔走していたマリアンの家の使用人クリスチャンがその腐敗した事実を知り、軍人たちを上層部に告発。
長期に渡る暴動が沈静化したのか、その事態が世間に発覚するのを恐れた軍部はこの兵士たちを捕え、有無を言わさず処刑する。
証拠隠滅のために死体に火をつけて、身元を分からなくする様は、恐らく巻き上げた金は上層部が着服したからだろうと想像させる。

さらに事件を隠蔽するため、軍はマリアンをクリスチャンの家に連れて行き、クリスチャンの犯行に見せかけ、罪を着せるように2人を殺害。
軍に非難が集まらないように、クリスチャンとその家族の犯行として、暴動を起こした主犯格らしき貧民と共にクリスチャンの母親をマリアンの家族の前で公開処刑する。
その刑を平然と見つめる軍の司令官と、新たな権力と癒着することになった富裕層の姿。
死人に口なしの無情な幕引きで、映画が終わる。

描かれている暴力も怖いが、現実にあり得ない話だと言い切れないところが怖い。
主人公マリアンはかつての使用人に対する優しさが仇となって悲惨な末路を辿る。
マリアンを助けようとしたクリスチャンと家族といった善人が皆、悲惨な結果を迎えるのが哀れでならない。

権力者や暴徒など人をごみのように扱う人間どもの醜さが、現実社会の犯罪行為の極端な隠喩として描かれる。

暴動を起こす側の貧しい人間たちは富裕層に対する妬みから、暴力と略奪で怒りの感情を解消する。
一方の富裕層は貧しい人間たちを下僕として扱い、道具としかみていない。
富裕層はいざ貧しい人間の反逆に遭うと、自身の人脈を利用して権力者に働きかけ、命や地位を守るための保身に走る。

恐ろしいのは、現状の体制を打ち崩され、新たな権力者がやる事は、旧体制と変わらぬ隠蔽行為。

「ニューオーダー」=新体制になったとしても結局、格差も差別も是正されることもなく絶望的な状況が続くという冷徹でシニカルな視点。
現実の格差社会がいつでも崩壊する可能性があるという示唆。
権力者が力の無い者を利用して罪を着せ、利用価値が無くなれば、この世から消していく弱肉強食の淘汰の現実…。

本作は、2020年の第77回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員グランプリ)を受賞したが、埋もれさせてはいけないという審査員の意図を感じる。
ラストに冒頭に登場した絵画の題名がテロップで流れる。
「死者だけが戦争の終わりを見た」
その題名のメッセージはとてつもなく重い。

全く救いは無く、未来に絶望すら感じるのが難点ではあるが、「起こり得る」と想像すると他人事としては見られない恐怖を感じる衝撃作である。
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