ジェイコブ

ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけているのジェイコブのレビュー・感想・評価

4.5
13才の頃に発表した「Ocean eyes」が話題を呼び、その3年後には全米で最も有名なティーンエージャーの一人となったビリー・アイリッシュ。プロデューサーでもある兄のフィニアスと共にベッドルームで曲を作り続ける異色のスタイルを貫いた彼女は、2019年のグラミー賞では、新人賞、最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀アルバム賞という、主要4部門を史上最年少で受賞するという快挙を成し遂げた。しかし彼女はその裏で、孤独や歌うことへの葛藤を抱える繊細な少女の一面を覗かせていた。これは、マイケル・ジャクソン以来の衝撃と称されたビリーのデビュー前からグラミー賞を受賞するまでを追ったドキュメンタリーである……。
ビリー・アイリッシュをよく知らないという人でも、「Bad Guy」であれば一度は耳にしたことがあるだろう。現代の病的で退廃的なアメリカを象徴するような歌詞に、奇抜なPV、ファンへのサービス精神旺盛な一面から、彼女は瞬く間に世界中に熱狂的なファン層を形成していく。
印象的なのは、ビリーがなぜハッピーな曲を歌わないのかと聞かれた問いに対して、「ハッピーを知らないのにハッピーな曲なんて歌えない。だから私は、自分の中に湧き出る強力なダーク感情を表現する」と答えたシーン。また彼女が最も病んでいた時に書いたノートには、自滅的とも取れる言葉の数々や病的な絵が書かれ、さらにリストカットの告白など彼女の抱える心の闇が生生しく映される。
歌うことが好きで始めたアーティスト活動だったが、人気が出れば出るほど世間からかかる期待も増えていき、万人に受け入れられる曲を作ろうとするフィニアスと度々衝突するようになる。卓越したパフォーマンス力に突飛なアイデア、天才特有の独特なこだわりを持つビリーを世の人に分かりやすいように魅せて、ヒットに繋げたのがフィニアスである。また、度重なるライブによって靭帯を損傷し、満足にパフォーマンスができないことへのストレスから悪化したトゥレット障害などの精神障害で心身共に限界にきていたビリーを支えたのは両親である
しかし本作の中で興味深いのは、献身的にビリーをマネージメントした母や敏腕プロデューサーの兄フィニアスなくしてビリーは成り立たなかったのは想像するに容易いが、皮肉な事に彼女にとって最も大切な二人の存在が、彼女の弱さでもあり、そして精神的ストレスの要因でもあった事だ。フィニアスはNo time to dieを怒れる男の歌と言ったが見方を変えると、家族との関係に悩むビリーの心境を表しているようにも見えた。
ビリーにとって昔からの憧れであるのが、ジャスティン・ビーバーである。彼もビリーと同じように若くして世間から持て囃された過去があり、有名になればなるほど本来の自分を見失ってしまう恐ろしさをよく知っている。そのため、ビリーを妹分のように可愛がり、彼女を守りたいと言ったのは有名な話。
本作はビリーの基本的な情報を知った上で見れば非常に良質なドキュメンタリーであり、私のようなニワカの人間は更に好きになれる作品である。個人的には、本作の続編を作り、「Therefore I Am」の制作秘話やコロナ禍、さらに兄妹共に毛嫌いするドナルド・トランプがもたらした自分達の楽曲への影響を語って欲しい。