ジェイコブ

窓ぎわのトットちゃんのジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

窓ぎわのトットちゃん(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

落ち着きがなく、学級の秩序を乱すとして小学校を追い出されたトットちゃん(黒柳徹子)。新たに転入したトモエ學園は、様々な理由で小学校に馴染めなかった子達も通う学校だった。學園の小林校長は、話好きなトットちゃんを笑顔で迎え入れ、トットちゃんを電車の教室へ案内する。學園が気に入ったトットちゃんは同じ教室で、小児マヒで足を引きずって歩く男の子やすあきと出会う。やすあきは、障害がある事が原因で周りと壁を作っていた。トットちゃんはやすあきに興味を持ち、自分の秘密基地である木の上に招待する。その頃、日本には戦争の足跡が静かに歩み寄っていた……。
テレビ朝日65周年記念作品。ドラえもんやクレヨンしんちゃんで知られるシンエイ動画が制作を行う。言わずとしれたタレントの黒柳徹子の幼少期の実話を基に作られており、戦前から戦時下の日本の様子が細かく表現されている。トットちゃんを演じた子役の大野りりあなちゃんが、黒柳徹子を意識した話し方で演じているのも印象的。
本作は音楽を効果的に用いているアニメーション映画である。それは音楽を用いたリトミック教育を取り入れた小林宗平のもとで学んだ黒柳徹子の実話ベースというのもあり、世の中が変わっていく際に流れる不協和音や友達の葬式での無音、あらゆる場面で表れている。中でもオーケストラに所属するトットちゃんの父親が、物資と引き換えに軍歌を奏でることを拒否した場面は、音楽を通して彼の誇り高さや高潔さを表しており、それを喜んで受け入れる妻やトットちゃんとの絆も見えてくる。
本作は戦前〜戦時中の日本を舞台にしているが、テーマは「周りと違ってもいい」と、現代にも通じるものである。落ち着きがないという理由で学校から排除されてしまったトットちゃんや、障害があるという理由で世の中から冷たい目を向けられていたやすあきなど、今はさすがに当時ほどではないものの、依然として画一さが求められる傾向は変わらず、差別は残っているのが現状だ。トモエ學園の小林校長はどんな子供も平等に接し、音楽を通して彼らの個性を伸ばす教育に勤しんでいる。小林校長は普段から誰に対しても優しいが、担任の大石先生が不用意な発言で生徒の障害に触れるな事を言った際は、厳しく注意した。それは障害があろうとなかろうと平等に子供達を扱うのは大切だが、だからと言って彼らが抱える障害を見て見ぬふりをしてはならないと、彼の中で教育者としての明確な線引きがなされていることの現れだ。ここ最近、教え子に手をかけたりあだ名を付けていじめを助長するなど、小学校教師の胸糞悪い不祥事が相次いでいるからこそ、小林校長のような人がより輝いて見えてしまう(調べたところによると、小林校長の教え子の中には、美輪明宏氏もいるとか)
。また印象的だったのは、男の子と相撲をしても勝ってしまうトットちゃんが、やすあきと腕相撲した際に、やすあきに障害があることを理由に手加減して彼を勝たせ、それに激昂したやすあきと、トットちゃんが喧嘩をしてしまう場面。自分を障害者ではなく一人の友達として接してきてくれたトットちゃんが初めて自分を障害者として接してきた事がショックだったのだろう。当時の社会は、男児は戦争に行ける健全な身体を持っていなければ一人前として見なされず、肩身の狭い思いを数え切れないほどしてきたに違いない。それは、やすあきの母が土で服を汚して帰ってきたやすあきを見て、感極まり涙するシーンが物語っている。そんなやすあきから、テレビの存在をはじめて聞くトットちゃん。これがある意味、彼女の今後の人生を左右するなんて夢にも思わないだろう。
説明台詞や直接的なグロ描写を排除し、下手に政治的な話を持ち出さずにあくまでもトットちゃんが疑問に思う世の中の矛盾、理不尽さを描いている。戦争が始まった事で、贅沢やおしゃれが不謹慎扱いされ、楽しく唄っていた歌も「相応しくない」と一蹴されてしまう。そういった台詞で説明しがちな部分を、登場人物達の表情や行動、お弁当の中身などで表現するなど、アニメーションの演出で魅せてくれる。中でもいつも笑顔でトットちゃんに挨拶してくれた改札のおじさんが、戦争が始まった後突然いなくなってしまい、女の人に代わっている辺りは思わず言葉を飲んだ。前半の誰もいない家で静かに響くラジオの大本営発表もそうだが、トットちゃんの知らない間に戦争の足音が近づいていること、観客だけがその理由を知っている状況がまた恐ろしい。また優しい小林校長が軍艦のポスターを破り捨て、静かに怒る姿も印象的で、燃え盛る學園を前にしてもなお、教育を絶対に諦めない小林校長が力なく笑う姿は、恐ろしさすら感じた。
正直観る前は、テレ朝アニメだと思って侮っていたが、エンディングのあいみょんが流れた瞬間ボロボロ泣いてた。アニメ映画でこんなに泣いたのは涼宮ハルヒの消失以来だ笑。
日本のアニメーションの底力を感じさせてくれた傑作で、間違いなく今年No.1アニメ映画。