ジェイコブ

落下の解剖学のジェイコブのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

フランスの雪に囲まれた高地で家族三人と犬一匹で暮らしていた家族。ある日、一家の長サミュエルが自宅の窓から転落死をしたことがきっかけで、全てが変わってしまう。警察は、ベストセラー作家で妻のサンドラに疑いの目を向ける。サンドラを有罪にしたい検察と、容疑を否認するサンドラと弁護士の裁判が始まるも、物的証拠はなく、状況証拠ばかりが重ねられていく中、裁判の行方は第一発見者で弱視の息子ダニエルの証言にかかっていた……。
フランス発のスリラー。本年度のアカデミー賞脚本賞にノミネートされた事でも話題となった。幸せに思えた家族の日常がある日突然一変し、法廷での証言を通して見えてきた夫婦や家族の問題を描く法廷劇でありながらも、重厚なヒューマンサスペンスでもある。
本作におけるテーマは「真実は人の主観によっていくらでも歪められてしまうもの。確証がないのであれば、私達は自分の頭で考えて判断しなければならない」 芥川龍之介が「藪の中」でも語ったように、真実は人の数だけ語られるもので、決定的な証拠が無い以上、その判断は見る者の判断に委ねられることになってしまう。少し前にSNSを中心に話題となった港区女子と寿司屋の大将とのトラブルや、一月ほど前に北九州で起きた、警察がろくな捜査をせず、無実の男性を不審者として誤認逮捕した事件でも、同様の事が言えると思う。
物語としては、結局サンドラに無罪判決が下り、事件自体は幕を閉じる。しかし、それはあくまでも「法廷」の上での事であり、名探偵コナンや刑事ドラマのように、真実が詳らかとなったわけではない。それはこれまでの経緯を見ていた観客もまた、本作の当事者の一人として無理やり参加させられる事を意味し、サンドラに対してどんな印象を抱くかは観客の数だけ存在し、それぞれ異なるのだ。個人的にはサンドラの表情だけを見ると、どこか後ろめたさを抱えているようにも見えるが、検察側の主張のこじつけが強すぎた事をみて、自分が陪審員だったらサンドラには無罪と言うだろうと考えた。あとは、最後にサンドラに寄り添って寝た犬の動物的直観を信じたいのもある。
脚本賞にノミネートされたのも納得するほど、非常に練られたストーリーと、不確かな情報で人を死に追いやることもある現代社会に一石を投じる傑作。