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茜色に焼かれるの一のレビュー・感想・評価

茜色に焼かれる(2021年製作の映画)
4.0
石井裕也監督作品

こんなにも生きにくい時代だからこそ、“愛”の底力をまざまざと見せつけられる素晴らしい人間賛歌

まさにこのご時世、普通に生きていくことはとても大変な事で、弱者ほど振り回されてしまう世知辛い世の中
それでも皆必死にもがきながら懸命に生きているし、やっぱり母は強しと強烈に感じとれる逞しいシングルマザーの女性を主役に置いた前向きなストーリーは、大変励みになる

「生きちゃった」→「愛しちゃった」と、静かにエネルギッシュな石井監督流の、国民に対する純粋なエールなのかなと感じられる素晴らしい作品だったし、苦しい世の中と真摯に向き合い、映画として昇華させるスピーディーな製作は誰にも真似できない

当然ではあるけど、マスクを劇中で着用する人々をここまで映画内で観られるのは中々新鮮な経験だったし、タイトルにもある通り、鮮やかな茜色のを効果的に使った色味も格別に美しい

コロナ渦と池袋暴走事故の被告を絡めた前半は、割と説教臭いというのが気になってしまったものの、後半からどんどん良くなっていく展開に四の五の言わず圧倒される
監督が監督だし扱ったテーマ上、どっちに転がるのか最後までわからなかったけど、時折コミカルな描写を交えながら、結果的にはポジティブな作品で本当に良かった

どの作品を観ても尾野真千子はちょっと異常なくらい巧いけど、本作は久しぶりの単独主演ということもあり、喜怒哀楽の変化が際だって自然かつ巧すぎるので、感情移入せざるを得ない
怒りや悲しみを心に秘めながらも、息子への溢れんばかりの愛を抱えて常に気丈に振る舞う母親の、勇気と美しさを心から感じ取れる見事な演技に、激しく心を揺さぶられてしまった

「まあ、頑張りましょ」と、自分が一番辛いのに随所で優しい言葉をかけたり、抱きしめるシーンなんかも多く、逆ではあるけど『きみはいい子』を彷彿とさせる部分もあったのが印象深い

正直つっこみどころや、何人かの過剰演技や過剰演出・セリフすぎて冷ややかな目で見てしまう部分もなくはなかったけど、永瀬正敏を筆頭にした脇を固める方々の、素晴らしい演技が余裕で包み込んでくれる
特に芹澤興人の演じたクズ加減が絶妙にリアルで、危うく本当に嫌いになるところだった

150分近い作品だけど全然時間を感じなかったし、『生きちゃった』に続き、またしてもタイムリーな傑作を世に出してくれた監督に感謝しかありません

2021 劇場鑑賞 No.030
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