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スティルウォーターのDickのネタバレレビュー・内容・結末

スティルウォーター(2021年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

1.はじめに:トム・マカーシー監督との相性

❶トム・マカーシーの長編劇映画監督作品は、本作を含め5本が劇場公開されている。全作をリアルタイムで観ているが、マイ評点は下記の通りで、トップは『スポットライト 世紀のスクープ(2015)』。全体の相性は「良好」である。
①『スティルウォーター(2021)』 監督製作脚本/本作/3B★★★(本作、ワースト)
②『スポットライト 世紀のスクープ(2015)』 監督脚本(AA作品賞、脚本賞)/2016.04鑑賞/4B○★★★★★(ベスト)
③『靴職人と魔法のミシン(2014)』 監督製作脚本/2015.06鑑賞/3A★★★☆
④『WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々(2011)』 監督製作原案脚本/2012.10鑑賞/4B★★★★
⑤『扉をたたく人(2007)』 監督脚本/2009.07公開・鑑賞/4B○★★★★☆

2.マイレビュー

❶相性:中。
★マット・デイモンは存在感があるが、肝心の物語はいささか疑問点があった。

➋時代:現代。

❸舞台:米・オクラホマ州スティルウォーターと仏・マルセイユ。

❹主人公ビルのタイムシリーズ◆◆◆ネタバレ注意
◆◆◆以下重大なネタバレがあります。本作は白紙状態で観る方が楽しめるので、これからご覧になる方は以下をスルーして下さい。

★時制が輻輳しているので、中身を解体して、時系列順に再構成した。

①オクラホマ州の小都市スティルウォーターに住む石油掘削労働者のビル(マット・デイモン)は、多忙で殆ど家にいなかった。
②ビルの妻は昔自殺して、残された一人娘のアリソンは、ビルに代わり、義母のシャロン(ディアナ・ダナガン)が面倒をみていた。ビルとアリソンの親子関係は冷え切っていた。
③成長したアリソン(アビゲイル・ブレスリン)は、地元の大学に通うはずだったが、突然マルセイユの大学に留学してしまう。
④アリソンは、マルセイユでクラスメイトのレナと親しくなり同棲する。
⑤レナが殺害され、アリソンが容疑者として有罪となり、9年の実刑を受け収監される。
⑥それから5年が経過する。
⑦この間、ビルは失業して荒れた生活をしていたが、今は立ち直り、日雇いの肉体労働で生計を立てている。近くに住むシャロンとは別の単身生活。
⑧ビルは、服役中のアリソンの無実を信じ、救出のためマルセイユに向かう。
★ビルとホテルの従業員との会話から、以前にもビルがこのホテルを利用していたことがうかがえる。ビルはアリソンの裁判以降、数回当地に来ていたようだ。
⑨久しぶりに面会した親子だが、わだかまりは解けない。
⑩ビルは、アリソンから預かった、真犯人の手掛かりを示す手紙(フランス語)を担当弁護士のルパルク(アンヌ・ル・ニ)に届けるが、ルパルクは、これだけでは再審は無理だと動かない。
★アリソンと担当弁護士のルパルクとは当然面識があるが、今回訪れたビルとルパルクとは初対面のように描かれている。これは疑問だ。アリソンの裁判以降複数回現地を訪れているビルが担当弁護士のルパルクを知らないわけがないと思う。
⑪やむなくビルは自分で真犯人を見つけようとするが、フランス語が分からないため、進展しない。
⑫ビルは、ホテルで知り合った少女マヤ(リル・シャウバウ)と、彼女の母で舞台女優のヴィルジニー(カミーユ・コッタン)の2人と親しくなり、協力が得られる。
⑬ヴィルジニーに読んでもらったアリソンの手紙には、自分は無実で、真犯人はアキム(男)だと書かれていた。
⑭ヴィルジニーの友人たちが、アキム(イディル・アズーリ)の顔写真を割り出してくれる。
⑮ビルは、マルセイユに滞在して犯人を捜すことにして、ヴィルジニーのアパートに間借させてもらい、建設現場で働く。4か月経た時にはビルとヴィルジニー&マヤ親子とは家族のようになっていた。
⑯ビルはマヤから、アパートの地下室でフランス語を教わる。
⑰アリソンが1日だけの仮釈放となり、ビルとヴィルジニー&マヤ親子とくつろいだ一時を過ごす。
⑱アリソンが自殺を図るが、命はとりとめる。原因はリナの死を悲観してのことだった。
⑲ビルは、マヤを伴ったとサッカー観戦中にアキムを発見する。
⑳ビルは、ヴィルジニー&マヤに内緒で、アキムを地下室に監禁する。
㉑ビルが、アキムを問い詰めた結果、衝撃の事実が明かされた。事件の依頼者はアリソンだったのだ。アリソンはレナが誰とでも寝ることに嫉妬して、レナを脅かしてほしいと頼んだのだった。しかし、手違いでレナは死んでしまったのだった。アリソンからアキムへの謝礼が、スティルウォーターの名が入った金のネックレスで、それは、以前ビルがアリソンにプレゼントしたものだった。
㉒ビルは元警察官の私立探偵にアキムの毛髪を渡して、DNA鑑定を頼む。その結果、レナ殺しの犯人と特定された。
★鑑定料は12,000€(約150万円)。ビルはどうやって調達したのか?
㉓私立探偵は、毛髪の出処を怪しみ、警察に家宅捜査をするように仕向ける。
㉔ヴィルジニー&マヤ親子は、地下室にアキムが監禁されていることに気がつき、警察が来る前に彼を逃がしていた。
㉕これが原因でビルとヴィルジニー&マヤ親子との関係は破局する。
㉖冤罪が晴れたレナは釈放され、ビルと共に、故郷のスティルウォーターに帰還し、大歓迎を受ける。
㉗ラストは、すべを胸にしまいこんだビルとアリソンの複雑な表情で幕を閉じる。最後のアリソンの呟きが胸に刺さる。「人生は冷酷だ」。
★映画一巻の終わりでございます。いささかの疑問はありましたが、まずはお楽しみ様でした(笑)。

❺考察:アホでマヌケなアメリカ白人
①『ボウリング・フォー・コロンバイン(2002)』でアカデミー賞 長編ドキュメンタリー映画賞、『華氏911(2004)』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しているマイケル・ムーア監督の著書に『アホでマヌケなアメリカ白人/Stupid White Men(2003)』がある。アメリカの民主主義の堕落を鋭くユーモアたっぷりに指摘した真面目な本である。
②本作のビルは、この本のタイトルを地で行くようなカウボーイ気質の人物。マルセイユで服役している一人娘を助けようとしているのだが、
ⓐ「アメリカ・ファースト」:アメリカ人は誰からも愛されていると思い込んでいる。
ⓑ複数回フランスに行っているのに、フランス語を覚えようとしない。まず英語で質問する「Can you speak English?」
ⓒ警察も弁護士もあてにならない。それなら俺が自分で解決する。
ⓓ困っている自分を助けてくれるのは当然だ。
③ビルは、フランス語が出来ず、「カネなし、コネなし、知識なし」のナイナイ尽くしなのに、一人で立ち向かおうとする。
④普通なら、うまくいく筈がない(笑)。でも、ビルの場合は、偶然、マヤとヴィルジニーという親切な善人に巡り合う(笑)。そして、マヤとは親子のようになり、ヴィルジニーとは恋人のようになる。そして、2人の協力により事件は解決する。
★結構ですね(笑)。いやあ、もう言うことはありません(笑)。

★本作を好意的に観ると、共にリベラル派のトム・マカーシーとマット・デイモンは、トランプを支持する保守的な白人を主人公にすることで、本作を反面教師にしたかったのではないかと思う。
でも、本作を観て欲しい人は、本作のような映画を観ないし、観たとしても、反省しないように思う。

❻疑問点
①「アホでマヌケなアメリカ白人」が、アメリカ人嫌いのフランスの地で、殺人で有罪となった娘を救出するという基本構想に異論はない。
②でも、その方法論には疑問がある。フランス語が出来ず、「カネなし、コネなし、知識なし」なのに、警察や弁護士の手を借りずに、たった一人でやるというのは、どう贔屓目に見ても無理でしょう。
③はるばるアメリカから面会に来た父と会うことさえ嫌がるほど、冷え切っていた親子関係のビルとアリソン。ビルが預かったアリソンから弁護士への手紙には「自分は無実で、真犯人はアキム」と書かれていたが、弁護士は再審は無理だと動かない。それなのに、ビルは文面だけを信じて単独で犯人捜しを開始する。こんな乱暴な設定はないでしょう。
④地下室に監禁されていた真犯人アキムは、ヴィルジニーに開放されるが、指名手配されているので、いずれ捕まり、事実を自白するだろう。その時、アリソンはどうなるのか?
④ビルは、DNAのヤミ鑑定料約150万円をどうやって調達したのか?

❼トリビア:マルセイユ
①フランス最大の港湾都市である人口87万人のマルセイユは映画ではお馴染みである。
ⓐ『フレンチ・コネクション2(1975米)』
ⓑ『マルセイユ特急(1974英・仏)』
ⓒ『TAXi(1998仏)』シリーズ
ⓓ現在公開中の日本映画『コンフィデンスマンJP 英雄編(2022)』にも登場する。
②カンヌ映画祭で有名なカンヌへは170㎞。映画の父リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着(1865)』で有名なラ・シオタへは35㎞。
③1996年に訪れている。
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