Dick

前科者のDickのネタバレレビュー・内容・結末

前科者(2022年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

1.はじめに:岸善幸監督との相性

❶岸善幸(1964生れ)の長編劇映画監督作品は、本作を含め4本が劇場公開されている。全作をリアルタイムで観ているが、マイ評点は下記の通りで、全体の相性は「良好」である。
①『二重生活(2016)』 デビュー作。監督・脚本。公開・鑑賞:2016.06~07、評点:70/100。
②『あゝ、荒野 前篇(2017)』 監督・脚本。公開・鑑賞:2017.10~11、評点:95/100。(ベスト)
③『あゝ、荒野 後篇(2017)』 監督・脚本。公開・鑑賞:2017.10~11、評点:85/100。
④『前科者(2021)』 本作。監督・脚本。公開・鑑賞:2022.01~02、評点:60/100。(ワースト)

2.マイレビュー

❶相性:中。
★良いテーマで、良いシーンもいっぱいあるが、ロジックに納得出来ない。

➋時代:現代。
★25年前の回想シーンがあり、重要な意味を持っている。

❸舞台:東京都区内とその近郊。江ノ島の見えるビーチも登場。

❹主な登場人物◆◆◆ネタバレ注意
◆◆◆以下にマイナーなネタバレがあります。ネタを知っても鑑賞結果に影響しないと思われますが、不安な方は本項をスキップして下さい。

①阿川佳代(有村架純)
保護司3年目。コンビニのアルバイトで生計を立てている。28歳。半年前から工藤誠の保護観察を担当。
佳代と滝本真司とは中学時代の親しい同級生だった。佳代が通り魔に襲われた時、佳代をかばって命を落としたのが真司の父親だった。命の大切さを知った佳代は保護司になり、殺人犯が許せない真司は警察官になった。
②工藤誠(まこと)(森田剛)
佳代の保護観察対象者。35歳前後。自動車修理工場勤務。かっての職場で、いじめが原因で、先輩を殺して6年の実刑に服していたが、半年前に仮釈放となり保護観察中。先輩の暴力で片耳が難聴になり補聴器をしている。
10歳の時、弟の実との目前で、母が義父に殺害されている。
③謎の男・実(みのる)(若葉竜也)
実は工藤誠の2歳下の弟。33歳前後。今は銀髪。長年音信不通だったが、或る日偶然誠と再会する。児童養護施設で無理矢理飲まされていた薬のため薬物依存症になっている。
④滝本真司(磯村勇人)
失踪した工藤を追う警視庁の若手刑事。佳代と中学時代の同級生。28歳。
⑤鈴木充(マキタスポーツ)
警視庁のベテラン刑事。滝本の上司。
⑥遠山史雄(リリー・フランキー)
工藤誠の義父。DVで妻(誠の母)と子供を虐待し、妻を殺害した前科者。出所後は真面目に警備員を務めている。
⑦位宮口エマ(木村多江)
弁護士。遠山史雄の弁護を務めた。
⑧佐藤みどり(石橋静香)
佳代の最初の保護観察対象者。便利屋を起業し佳代の親友となっている。
⑨高松直治(北村有起哉)
東京保護観察所の保護観察官。佳代を監督・指導する。
⑩松山(宇野祥平)
佳代が働くコンビニの店長。

❺事件の概要
①交番の巡査部長が何者かに襲われ、奪われた拳銃で撃たれて重傷を負う。(1番目の被害者)。
★監視カメラにはパーカーで顔を隠した男の映像が映っていた以外、手掛かりなし。
②別の日、区役所福祉課の女性課長が、街中で射殺される。使用されたのは奪われた銃だった。(2番目の被害者)。
★目撃された犯人はパーカーで顔を隠した男。
③別の日、児童養護施設の男性職員が、河川敷で射殺される。使用されたのは奪われた銃だった。(3番目の被害者)。
★犯行現場付近でパーカーで顔を隠した男が目撃されている。
★被害者の爪からは、工藤誠のDNAが検出された。

❻考察:重大な疑問点◆◆◆ネタバレ注意
◆◆◆以下に重大なネタバレがあります。本作を白紙状態でご覧になりたい方は以下をスキップして下さい。

①少年時代、誠と実と母は、義父の遠山史雄から激しいDVを受け、警察や福祉施設に何度も相談していたが、どこもまともに対応してくれなかった。その結果、母が義父に殺害されてしまう。孤児となった2人は児童養護施設に収容される。
★誠は10歳、実は8歳だった。

②3人の被害者は当時の窓口担当だったのだ。
ⓐ警察官:母子からの被害相談を無視した。
ⓑ福祉課の女性職員:母子の転居先を誤って義父に知らせてしまう。
ⓒ児童養護施設の職員:孤児となって児童養護施設に収容された誠と実を虐待した。

③そして、3つの事件の犯人は、実だった。実の復讐だったのだ。

④最大の疑問:
冷静に考えてみよう。実は母が殺害された当時8歳だった。それから現在まで25年が経過している。18歳で児童養護施設を出てからでも15年になる。誠が15年ぶりに再会した実は、薬物依存症で、定職があるようには見えない。そんな実が、どうやって昔の担当者を見つけ出したのか? その方法が全く描かれていない。特にⓐ警察官と、ⓑ福祉課の女性職員は、8歳の実の短時間の記憶がすべての筈である。
★どう考えても無理でしょう。
★観客を如何に騙す(信じこませる)のが監督の腕といわれるが、これではどうしようもない。

⑤第2の疑問
ⓐ容疑者の誠が、警察官に肩を撃たれて病院の個室に入院中している。廊下には警察官が見張っている。その誠が、女性弁護士の宮口を指名して会いたいと求める。宮口弁護士は、義父の遠山の弁護をしており、実が標的の一人として狙っていた人物だった。誠は死んだ実に代わって復讐する目的で宮口を呼び出したのだった。誠は、看護師のハサミを密かに盗んで、ベッドの下に隠している。それに気が付いた佳代が病院に駆けつける。
ⓑ疑問A:容疑者の個室に看護師が一人で入るのか? 持ってきたハサミを盗まれたことに気が付かないのか?
ⓒ疑問B:佳代が病院に駆けつけた時、廊下には見張りの警察官がいない。つまり誰でも自由に出入り出来る。こんないい加減な警備があるのか?
★普通はないでしょう。

⑥第3の疑問(★これは許容範囲)
実が、ⓒ児童養護施設の職員を射殺した時、相手は自転車で走行中だった。射撃の名手ならともかく、実は初めて拳銃を手にしたばかりの素人で、それまでに2発しか撃っていない。それなのに、夜、自転車で走ってきた相手を、たった一発で殺すことが出来るのか?
★どう考えても無理でしょう。

⑦第4の疑問(★これは許容範囲)
警察官に捕えられた実が、連行中に警察官の拳銃を奪って、瞬時にそれを撃って自殺する。そんなに容易に警察官の拳銃を奪えるのか?
★どう考えても無理でしょう。

⑧第5の疑問(★これは許容範囲)
誠が好きなラーメン屋で、誠と同じテーブルに謎の男が同席となる。彼こそ、長年音信不通だった弟の実だったのだ。
★都合の良すぎる偶然である(笑)。
★映画やTVドラマの世界では、100年待っても起こらないようなことが、たかだか2時間の間に何度も起こる(笑)。そんなことに、いちいち目くじらを立てていれば、作品が成立しなくなる(笑)。しかし、名作、傑作と言われる作品には、そんなことは、殆ど起きないのも事実である。 

⑨第6の疑問(★これは許容範囲)
中学生時代、図書室蔵書の『中原中也詩集全集』の数巻中の1巻に、滝本が「死ね、死ね」との書き込みをしたのを見つけた佳代が密かに持ち帰る。そして現在、佳代が書き込みを消して図書館に戻す。本棚はその1巻のスペースが空いていた。
★人気がない本かも知れないが、十数年もの間、誰にも気づかれずに空きスペースになっているなんて、普通はないでしょう。在庫のチェックをしないのか?
★普通はないでしょう。

❼まとめ
①本作を通じて、「保護司」という仕事の役割と重要性を理解した。
★しかし、そんな重要な仕事を、無報酬で、ボランティアに任せている日本の現状には問題があると思う。
★類似の仕事に「民生委員」があるが、近年は両者とも、なり手が減少して高齢化が進んでいるようである。さもありなんと思う。制度の見直しが必要と思う。
②肝心の映画としての出来栄えは、上記❻に示した重大な疑問により、賛同出来なかった。
★『コンフィデンスマンJP』のようなコメディなら、深刻に考えず気楽に楽しめるのだが、エンタメであってもシリアスドラマである本作は、ロジック上の問題を看過するわけにはいかないのだ。

❽トリビア:保護司が登場する映画
①『ノイズ(2022)』 公開:2022.01、鑑賞:2022.02、評点:50/100。
★冒頭で保護司の諏訪太朗が支援している元受刑者に殺されてしまう。
②『すばらしき世界(2021)』 公開:2021.02、鑑賞:2021.02&2021.03、評点:100/100。
監督・脚本:西川美和、原案:佐木隆三
★役所広司が今月発表されたキネ旬ベストテンの主演男優賞。
★主人公を支援する保護司は橋爪功と梶芽衣子。
③『君の笑顔に会いたくて(2017)』 公開:2017.11、鑑賞:2017.12、評点:50/100。
監督:植田中、脚本:西井史子、原作:大沼えり子(実在の保護司)
★主人公の保護司が洞口依子。
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