よしまる

ちょっと思い出しただけのよしまるのレビュー・感想・評価

ちょっと思い出しただけ(2022年製作の映画)
4.3
 邦画の恋愛ドラマってどうしても作りもんぽくて白々しくて性に合わないんだけれど、これは良かった。

 原作とも言うべきクリープハイプの曲、その着想にジムジャームッシュ「ナイトオンザプラネット」があることは聞いていて、主役のサイリちゃんがタクシー運転手という設定を借りた程度かと思いきやガッツリ完コピコントがあって草。
 ただ、こういうのはたいがい寒くて、観てていたたまれないというのがボクの邦画に対する偏見なのだけれど、この上品で質の高い笑いはどうだ。俳優の演技力、監督の演出力、こんな素晴らしい邦画ならいくつでも観ていたい。

 ジャームッシュオマージュも小ネタが豊富で何度でも見返せそう。永瀬正敏が出てくるの自体ネタだし、禁煙してしばらく経つけれど流石にラキスト買ってきたくなった。

 さて。

 数年間だけ付き合ったテルオとヨウの2人、そのうちテルオの誕生日だけを6回分抜き出して描くという発想がまず凄い。
 ナイトオンザプラネットがさまざまな国での同じ時刻を切り取ったのとは対照的に、異なる年の同じ時間を切り取ることで、2人がいかにして出会い、愛を育み、別れに至ったかを描く。
 つまるところ、たいした物語はないし、誕生日あるある的なトピックこそあれど、そのタイミングで劇的にドラマが生まれるわけもない。そこが、いい。

 感性も興味もまるで違う2人が惹かれ合う。お互いに好きな気持ちを抱えながら、探り合い、警戒しながらも近づいていくワクワクとゾクゾクの恋の始まり感。
 気持ちがピタリと重なり合ったときはまるで奇跡のように感じ、些細なズレが生じただけで、怒りや悲しみにどうにかなってしまいそうになる。

 人を好きになるって、めんどくさいし理不尽だし、そんな思いに蓋をして逃げ出したほうが楽なことは間違いない。
 それでも誰かを想って生きること、自分ではない誰かと心を許し合い分かり合える瞬間の尊さは、ひとりでは味わうことのできないかけがえのない時間だったはず。

 恋愛に限ったことではないけれど、たとえ同じ道を歩むことが出来なかったとしても、その時間はやっぱり大切なひとときだったと、ちょっと思い出した時にそう感じられるように生きていけたらなと思える映画だった。

 結末から始まるし、元ネタの歌詞通りだし、どうにもならない2人と分かっていても、なぜか心のどこかで、また出逢ってくれるんじゃないかと願いながら観ていた。
 まったく違う人生が始まっているからこそ「ちょっと思い出す」のが良いねって話なのに、こんな馬鹿なことを考えるのは、きっと男だけなんだろうな😥