なお

ダンサー・イン・ザ・ダーク 4Kデジタルリマスター版のなおのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

「胸糞映画10選!」みたいなタイトルのYoutube動画やX(Twitter)のつぶやきでよく候補に出る本作。

自分が加入しているサブスクでは配信しておらずなかなか鑑賞までのハードルが高い作品であったが、このたび東京・目黒シネマにて本作のリバイバル上映が期間限定で行われた。
(2022年末の『パルプ・フィクション』に続き目黒シネマさんには感謝しかない…)

独特な作風の映画を多く世に送り出し、コアなファンも多いラース・フォン・トリアー監督、アイスランドの人気歌手ビョークを主演に据えた作品。
2012年に一度活動休止を発表した経歴のあるビョークだが、2023年1月に国内でも公開された『ノースマン 導かれし復讐者』で銀幕への復帰を果たしたことも記憶に新しい。

✏️薄れゆく視界の中で
ビョークの圧倒的な演技力、そして伸びやかなハイトーンボイスから来る歌唱力に魅了された2時間20分。
まさかミュージカル調なシーンがあるとは思ってもみなかった。
そして訂正させてほしい。これは「胸糞映画だ!」と一言で吐き捨てるような単純な作品ではないと。

たしかに本作は中盤~終盤にかけあまりにも理不尽、「救いがない」物語ではある。
遺伝によって視力を失うという未来が待ち受けている息子を救うために、ただひたすらに、献身的に。
お世辞にも稼ぎが多いとは言えぬ工場での仕事をこなし、息子の手術費用を貯め続けるセルマだが、その蓄えはあろうことか信頼を置いていた隣人に全てさらわれてしまう。

その後のセルマを襲う出来事、運命は実に八方ふさがり。
逮捕されて以降、セルマは「本当のこと」しか話していないのに…
故国の父に稼ぎを送金している、という嘘があったがセルマにとってこれは息子を守るため。
また本当は目がほとんど見えないにも関わらず、視力検査を「裏の手」を使いあたかも目が見えているように見せかけた。
これもまた、職を失わないための嘘。

悪意を持って誰かを欺こうと嘘は一つもなく、全ては息子を守るための「方便」であり、セルマにとっては正しいことなのだ。

「障害者」
「シングルマザー」
様々なバイアスがかかった結果、セルマはあれよあれよと金目当ての警官殺しの罪を着せられ死刑判決を受ける。
ここからのシーンもまた圧巻。

「死」が確実に迫る中、セルマが心配したのはやはり息子の人生について。
ここでちょっと話の方向を変えると、セルマが周囲の人物に強く訴えていた「目が見えなくなるのは遺伝する」問題。

とはいえ本当に、息子・ジーンに目が見えなくなるという兆候は出ていたのかな…と思った。
たしかにジーンは眼鏡こそかけていたけれど、まだ症状として現れているわけではないように見えた。
劇中、セルマは散々ジーンのことを心配していたけれど、「子どものことになると親って"盲目"になるよね」というメッセージもあったんじゃないかな…違うかな。

話を戻すと、セルマが心配していたのは息子のことだけじゃなくて、「音楽を奏でられなくなること」でもあった。

工場で機械が発する音、自分が裁かれている法廷で聞こえるスケッチ音、そして「107歩」自らの死へのカウントダウンすら、彼女にとっては"音楽"たりえた。

そして絞首台で彼女が歌う最後の──いや、最後から2番目の歌。
セルマの不遇な運命に刑務官までもが同情し、彼女の歌に耳を傾ける。
そしてその歌をつんざくように部屋に響き渡る、絞首台の床が開く音。
「バーーーン!!!」あの音が本当に恐ろしかった。あれはセルマの断末魔だったように思う。

ジーンは年齢制限があり母の刑が執行される場に立ち会えなかったが、この年齢制限があって本当によかった。
もしジーンが母の死など見てしまえば、「見なければよかった」「目などない方がよかった」と確実に思うだろう。
そして、これからもしジーンも母と同じく目が見えなくなってしまった場合、それは彼が最後に見る衝撃的な光景になる。
それはセルマにとって本望ではないはずだ。

嘘をついてでも、殺人を犯してでも、理不尽な運命を受け入れてでも守りたかったジーンの人生。
畏怖すら抱く母親の深い愛を感じられるこの映画のどこが「胸糞映画」なのだろうか。

☑️まとめ
平日に早めに仕事を切り上げ、電車で1時間かけ目黒まで行って見た価値は十分すぎるほどにあった作品。
とはいえ、一日の終わり、レイトショーに見る映画ではなかったかな…笑

余談だけど、調べてみたら本作はサントラもあるんですねぇ。
工場で流れた曲と法廷シーンで流れた曲が個人的にお気に入りなので、サブスクでもし配信されていればぜひ聴いてみたい。

<作品スコア>
😂笑 い:★★★☆☆
😲驚 き:★★★★★
🥲感 動:★★★★☆
📖物 語:★★★★☆
🏃‍♂️テンポ:★★★★★

🎬2024年鑑賞数:26(14)
※カッコ内は劇場鑑賞数
なお

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