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オッペンハイマーのがんがんのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0
ノーラン監督オスカー7冠おめでとうございます!

IMAXレーザーGTにて鑑賞、早くも今年🦺確定の素晴らしい作品でした。

文末にオッペンハイマーの人となり、および第二次世界大戦近辺の世界情勢をまとめたので予習した方がいいのかなと迷っている方がいれば、ぜひご参考いただければ。登場人物がめちゃくちゃ多いのと、戦争映画なので様々な人物の思惑や策略がややこしい作りになっていますので。

脚本、脚色、編集、プロット、お芝居、撮影、特撮、音楽、音響など作品を構成する要素全てがS級品でした。また日本に対しての、特に広島と長崎に対しての作中の表現も寄り添いや配慮、贖罪のようなものも誠実に感じ取れました。

その上で今もなお、この世界に広がり続けている核兵器に対しての問題提起を受け取りました。本作をただ消費して終わり、ではなくその問題について学び、知り続け、勉強をしていくことがノーラン監督からのメッセージだとわたしは解釈しました。

見事7冠を獲得しましたが、特に個人的に素晴らしいと思ったのが以下の点です(ノーラン大好きおじさんによるバイアスがかかりまくってます)


編集賞

ノーランといえば時間の魔術師なわけですが、本作でもこの魔法をガンガンにかけてきます。そして巧みの技を仕掛けてくるのがサスペンス調に仕上げている点です。

冒頭よりオッペンハイマーが1954年の聴聞会の中で糾弾されているシーンと、1959年にルイス・ストローズが公聴会で糾弾されているシーンから始まります。

なぜこの二人はアメリカから追い詰められることになったのか?なぜオッペンハイマーは狭い部屋に閉じ込められて責め立てられているのに、ルイス・ストローズは広い場所で記者も入った中で受けているのか?

様々な疑問を冒頭から我々観客に提示し、聴聞会と公聴会内での質疑からそれぞれ二人の生き方や思考、価値観、葛藤などへ掘り下げていく流れとなります。ここがとにかく巧い。あぁそういうことだったのか、だからそういう決断に至ったのかということが次々に明かされていきます。そしてエンディングでなぜこの二人が決別するに至ったかが明かされて幕を下ろします。そこにまさに歴史上何度も人間が繰り返してきた愚かさが決定的に描かれていました。

ユダヤ人が持つ世界(とくにドイツに対するもの)に対しての恐怖心、アメリカ人がもつ世界(とくにロシアに対するもの)に対しての恐怖心。原爆が表の主題とすると、赤狩りは裏の主題。ユダヤ系アメリカ人であるオッペンハイマーと、アメリカ人であるストローズとのイデオロギーの対比がお見事でした。



撮影賞

ホイテ・ヴァン・ホイテマのIMAXカメラによる技術を本作でもこれでもかと魅せてくれます。カラーパートはオッペンハイマーの主観として、モノクロパートはルイス・ストローズから客観的にオッペンハイマーという人物をどう見られていたかを描きます。お得意のIMAXフィルムカメラと、史上初IMAXモノクロアナログ撮影に挑戦しました。

カラーパートは1.Fission(核分裂)、モノクロパートは2.Fusion(核融合)とサブタイトルが振られます。核分裂とは原子爆弾開発に必要となる化学反応、核融合とは水素爆弾開発に必要となる化学反応です。

カラーパートではオッペンハイマーが核分裂反応による原子爆弾の開発とともに、軍人や科学者など様々な人々との関係性がまさに広がりかけ合わさり、技術進化が進んでいく様子が描かれます。

逆にモノクロパートではよりアメリカを強国とするため水爆開発を推進しようとするルイス・ストローズが、暗躍や政治的戦略のためオッペンハイマーを中心として色んな人物を出会わせていくものの、驕りや傲慢さ、自身の出自のコンプレックス故に追い詰められていき没落の道を辿ります。

このそれぞれのパートが兵器開発という点と、人間関係におけるケミストリーという点で「分裂と融合」がダブルミーニングで構成されていたことが巧みでした。

カラーパート→様々な人物と出会いたくさんの化学反応を発見していき、自分が持っていた理論に彩りが乗る。りんごが緑色だったのも、彼がまだまだ青二才(調べてみると英語ではgreenhornというらしい)だったという表現だったら面白い。

モノクロパート→ルイス・ストローズから見たオッペンハイマー、つまりマンハッタン計画後から出会った彼を見ているので世界から色を失った状態のオッペンハイマー、を白黒で表現しているとすると大変興味深い対となる色彩演出。

IMAXカメラによる超高解像度映像だからこその瞳のわずかな揺らめき、台詞の掛け合いの中での役者の表情の機微、実験による大気や大地の揺れなどが現実さながらのリアリティで堪能できます。まるでドキュメンタリー映像を観ているかのような錯覚になるのもIMAXシアターの強みでした。いつかIMAXフィルムが投影できるシアターで鑑賞してみたいものです(日本国内にフィルム上映できるシアターは無し)


作曲賞

TENETからタッグを組んだルドウィグ・ゴランソンの圧倒的なセンス。本作でも見事なマリアージュを魅せてくれました。サントラを聴き込んでから鑑賞に臨みましたが、このメロディアスな旋律はこんなシーンで使われたのか。この禍々しい曲調はこのシーンだったか、と楽しみながら物語を追っていきました。

とくに素晴らしい曲がサントラ2曲目にある「Can You Hear the Music」4章節ごとにBPMがころころ変わるのに(4分の3拍子と4分の4拍子で変拍子になってる??この楽曲むずすぎ!)全体として聴くとちゃんと締まっていて圧倒的な圧力を感じる。不安的なはずなのにとても力強い音楽。あぁ、そうか…これは核分裂を音で表現しているのかと解釈しました。エネルギーの爆発を繰り返し連鎖反応をしていく様子をドレミファソラシドに変換したのか…なんという恐るべきセンスオブワンダー。

マンハッタン計画後のオッペンハイマーの頭の中で響いているある音も大変重要で、とても恐ろしく効果的な演出となっていました。

ノーラン×ハンス・ジマー御大のコラボはもちろん好きですが、ノーラン×ゴランソンのコラボもやはりたまらなく好きだなぁと改めて実感しました。


素晴らしいユニバーサルの公式動画
ノーラン、ゴランソン、キリアンも出てきます。
本編映像も流れるので未見の方は要注意。

https://youtu.be/pQBywpw3ve4?si=hDJVGFon3RPkCyV-


ゴランソンが「Can You Hear the Music」の作曲背景を語ってくれてました。
4章節ではなく7章節ごとにテンポを変えているとのこと。ほとんど音を重ねていないのに、こんなに深みがある。不安定さと美しさが混在している。この発想とセンスが凄すぎてそりゃ納得のオスカー受賞ですわ。

https://youtu.be/fWvX4M1dXss?si=K_2g6IHJy5wYzO16



J・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)
1904年生誕〜1967年死去
ドイツからのユダヤ系移民の子としてアメリカで誕生。

弟フランク・オッペンハイマー物理学者、共産党員
妻キティ・オッペンハイマー(エミリー・ブラント)生物学者、植物学者、共産党員
元恋人ジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)精神科医、共産党員

家族などまわりの人々が共産党員だったため、オッペンハイマーはのちに聴聞会にてスパイ疑惑で糾弾されます。

本作はオッペンハイマーの伝記物として①栄光②葛藤③没落の3つを主題として描かれているとわたしは解釈しました。

ユダヤ人ゆえにドイツに先に原子爆弾を作らせてはいけない、世界を滅ぼされるわけにはいかないという正義感。しかしそれは同時にアメリカならそんな兵器を、たくさんの人々の命を奪うものを作っていいのかというエゴイズムとの葛藤。

知的好奇心と科学的欲求がもたらす全能感。未知なるものを作ることができるとわかった時の高揚と矜持。その地獄への道を引き返すことができるタイミングはいくらでもあったのに…科学者としての愚かさ、政治家としての愚かさ、軍人としての愚かさ、人間としての愚かさ。オッペンハイマーの主観を通して、様々な人物にとっての栄光と葛藤と没落、この3つのテーマが描かれていると解釈しました。

登場人物それぞれの背景やイデオロギーなども含めて、歴史の流れが頭に入っているとストーリーが理解しやすく、その主題の本質に寄り添いやすくなると思います。



第二次世界大戦近辺の史実

1938年ナチスドイツ核分裂反応を発見(世界で初めての大発見をしたのがドイツの科学者という点がポイント。ユダヤ人でありドイツを脱出したオッペンハイマーやアインシュタインの心境を思うと…)

1939年(第二次世界大戦勃発1ヶ月前)
アルベルト・アインシュタインがルーズベルト大統領へ手紙を出す。
ドイツの核開発による世界への危険性を大統領へ警告。

1939年9月1日第二次世界大戦開始
ドイツ+イタリア+日本の枢軸国陣営
vs
アメリカ+ソ連+イギリス(+フランス+中国)の連合国陣営

1941年真珠湾攻撃

1942年マンハッタン計画開始
オッペンハイマーが科学部門の責任者に任命、「原爆の父」と呼ばれる。
計画責任者にレズリー・グローヴス(マット・デイモン)が任命。
秘密裏に原爆の開発開始、最大時には75000人もの人々が町を作り極秘開発に関わる。しかし情報漏洩リスクのため住民は何を作らされているのか知らされていなかった。

物理学者ニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)は1944年にチャーチル首相と会談、ルーズベルト大統領とも会談し原子力の危険性を訴えたが失敗。

1945年4月ヒトラー自殺、ナチスドイツ降伏。
原爆開発に疑問を持つ科学者も多い中、降伏の気配がない日本へとドイツから攻撃対象を切り替える。

4月ルーズベルト大統領死去、副大統領トルーマン(ゲイリー・オールドマン)が大統領に昇格、のちに広島と長崎への投下を許可。

7月16日人類初の核実験トリニティ実験成功。
ヒンドゥー教の神クリシュナより引用「我は死なり、世界の破壊者なり」
周辺住民や動物に大量の被爆被害、しかしアメリカ政府は調査も補償もしなかった。今もなおその後遺症に苦しんでいる人々がいる。

7月17日ポツダム会談、アメリカはトルーマン大統領、イギリスはチャーチル首相、ソ連はスターリン首相が参加。会談中にトリニティ実験の成功をトルーマン大統領は知り、ソ連に対して新しい武器を手に入れたと牽制する。

8月6日広島にウラン型原子爆弾リトルボーイ投下。

8月9日長崎にプルトニウム型原子爆弾ファットマン投下。

8月15日玉音放送

9月2日第二次世界大戦終結

1947年核開発はマンハッタン計画からアメリカ原子力委員会へ移管、委員長はルイス・ストローズ、オッペンハイマーは顧問として開発に参加。

プリンストン高等研究所の理事ルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)はオッペンハイマーに研究所長に就任するよう懇願。のちに水爆実験を巡って思想の違いによりオッペンハイマーと対立。

1947年冷戦開始

1949年ソ連核実験に成功。

1954年聴聞会で共産主義者としてスパイ疑惑を追及されるオッペンハイマー、水爆開発反対の立場のため糾弾される(赤狩りが活発化、身近な人間が共産党員のため疑われた)

1959年公聴会にてルイス・ストローズが商務長官就任に相応しいか審議にかけられ、上院決議で否決される。

1960年オッペンハイマー東京と大阪へ来日、広島と長崎は訪れず。

1963年エンリコ・フェルミ賞(物理学の賞)を受賞、名誉回復。

1967年オッペンハイマー咽頭がんのため死去。


鑑賞に際して事前学習として
Netflix作品「アインシュタインと原爆」
Netflix作品「ターニングポイント:核兵器と冷戦 第一話 巨大な太陽の出現」
NHK「映像の世紀バタフライエフェクト マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」
NHKクローズアップ現代「映画監督クリストファー・ノーランの世界」
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4882/

以上を鑑賞の上臨みました。
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