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オッペンハイマーのKeNのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.4
劇場にて。IMAX・字幕版。初見。

「爆弾は正義も不正義もなく無差別に落とされる。300年の物理学の成果が大量破壊兵器に利用されて欲しくない。」by ラービ

「我々は世界を破壊してしまったようだ。」by オッペンハイマー


2006年にピュリッツァー賞を受賞したカイ・バード&マーティン・J・シャーウィンによる原作『原爆の父と呼ばれた男の栄光と悲劇』をベースに「原爆の父」と呼ばれたアメリカの天才物理学者ロバート・オッペンハイマーの苦悩と葛藤に満ちた半生を描いたクリストファー・ノーラン監督の最新作。3時間にも及ぶ長尺ながら全くその長さを感じさせない歯切れの良さとストーリーの濃厚さは見事。

「様々な観点から私たちはオッペンハイマーの精神の中に潜り込み、観客を彼の感情の旅に連れ込もうと試みた」とクリストファー・ノーラン自身が語っているがIMAXシステムの技術をうまく活かした映像と音響の凄さは、やはり“21世紀のスタンリー・キューブリック”ともいうべき名匠クリストファー・ノーラン監督作品ならではのもの。

物語はオッペンハイマー視点のカラー映像と、やがて彼を敵対視していくストローズ視点から描かれるモノクロ映像で構成され、更には例のごとくノーラン監督作品でお馴染みの時系列の変換も絡み、なかなか複雑でいつものごとく一度観ただけでは理解困難…(汗) それ以上に「原爆を生み出した科学者」としてオッペンハイマーの名は我々日本人にもよく知られているけど、原爆開発の「マンハッタン計画」の描写と並列的に描かれている「オッペンハイマー事件」のことを我々日本人はほとんど知らないので、より難解さが増しているように思える。

本作ではオッペンハイマーの苦悩や葛藤は描かれるものの、広島や長崎への原爆投下やその悲惨な被害を描いているシーンはない。さらにはアメリカなどで同時期に公開された『バービー』との原爆投下を想起させる合成画像のネット投稿を機にSNS上で湧き上がった いわゆる“バーベンハイマー現象”が世界で唯一の被爆国であるここ日本で大きな反感を招き、なかなか公開に至らなかった“いわく付きの作品”であるが、むしろ世界唯一の被爆国であるここ日本でこそ真っ先に公開すべき作品であったと思う。
クリストファー・ノーラン監督が描く本作品は原爆や核兵器の恐ろしさという表現においては確かに物足りなさを感じさせるものかもしれないけど、「原爆投下を正当化する作品」では決してない。むしろ、この恐るべき“最凶兵器”を生み出した人類の愚かしさや奢り、それに人間の心に潜む醜い虚栄心を浮き彫りにし、人間社会の危うさを鮮明に描き出している。

しかし、たとえ当時 一部の軍関係者や科学者たち以外は原爆や水爆がもたらす恐るべきカタストロフィの惨状は知られていなかったとはいえ、そうした核兵器よりも共産主義の拡散を何よりも怖れていた米国という国家は一体何だったのか…? そして その米国人の恐怖はソ連が解体するまで続くことになるわけだが…。

もしも…もしも、ナチス・ドイツが降伏する前に米国が原爆の開発を終え、ドイツに原爆を投下していたとしたら、また逆に米国より先にナチス・ドイツが核兵器を手に入れ、英国やソ連に対して核兵器を使用していたとしたら、戦後 世界の人々 少なくとも英国やフランスなどの欧州諸国の人々の核兵器に対する考え方や恐怖感は全く異なるものになっていただろうし、核兵器廃絶への道を歩んでいたのか…? 逆に輪をかけるように核開発競争が激しくなっていたかもしれないけど…
米ソ冷戦終結の後、微かながらも核兵器廃絶への道筋が見えたような気がしたが、イスラエルや北朝鮮のような国々までもが核兵器という切り札を手に入れた今の時代は、米ソ冷戦時代よりも更に核戦争の危機が高まりつつある…
未だ終結の糸口すら見えぬウクライナ侵攻の最中 プーチンがたまに核兵器使用をチラつかせNATO陣営を牽制しているけど、第二次世界大戦の時のトルーマンのように「戦争を迅速に終結させ、最終的にはさらなる破壊と人命の損失を防ぐ」という同じ口実の下に、八方塞がりのプーチンがウクライナや周囲のNATO陣営諸国に核兵器を使用したとしたら…と想像するだけで恐ろしくて仕方がない…



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