とても評価に困る映画。アイルランド本島の離れ小島、イニシェリン島の景色はとても美しく、その自然には見とれずにはいられない。が、それは私が都会の人間だからそう思うのかもしれない。
島から出ることができず、ずっとそこで暮らす人にしてみれば、美しいかもしれないが、変わり映えのない景色なのかもしれない。
主人公はイニシェリン島に住む中年の男、パードリック。同じ島に住むこちらも中年の男、コルムとは長年の友人だったはずだが、ある日突然絶交される。
理由は全くわからない。何かをしたからではない。
中年の危機と言われる歳を迎え、人生の先が見えてきたコルムは、パードリックという存在を突如として拒否するのだ。
理由としては、パードリックが「つまらない(dull) 」から。結構、絶句してしまう理由だが、コルムは我慢ならなくて、パードリックと完璧に縁を切るためにかなり狂気的な行動に出る。そして、自らが意義あることと信じる作曲に邁進する。
でも当然ながら、それは趣味の域を出ない。あんな狂気的なことの代償にはならない。
コルムはそれと知らずに、島の狂気に飲み込まれたとしか思えない。おそらく、中年の危機が島の狂気によって増幅されたのだ。
一方、本を読むのが好きで、島の外で暮らしたこともあるパードリックの妹シボーンは、この島の狂気をよく理解している。島には教会が一つ、パブが一つしかない。人が集まる場所は限られている。そこには見知った人しかいない。
島の外から新しい人が来ることは滅多にない。同じメンツがほとんど同じような暮らしをしており、噂話や、芸術とはいえない音楽くらいしか楽しみがない。
シボーンはある日そんな環境に耐えかねて、島を出る。兄にも来るように誘うが、パードリックは頑迷に島に残る。島での生活しか知らないのだ。
対岸のアイルランド本島では大砲の音が響き、内戦が繰り広げられているが、昨日も今日も変わり映えのしない離島、イニシェリン島でも、のどかで平和に見えるが、ちっぽけな人間の憎悪が渦巻き、燃え上がる。
ちょうど、Twitterで、某町の、村に来たら村の掟に従え、という七か条が話題になっていたが、この映画では閉鎖された空間で生きることのキツさがほとんどホラーのように描き出されている。
まわりの自然が美しければ美しいほど、自然が美しくてもどうにもならないんだな、とか考え込んでしまう。
人生が残り少なくなってきて、何か意義あることに時間を使いたいと思うコルムと、意味とかなくても、おしゃべりを楽しんで一日が過ぎていく、それが人生じゃないか、というパードリック。それぞれ、その通りだな、と思うが、私としてはやはりシボーンのように島の外に行くだろうな、と思った。
映画の最後は島の美しい景色の引きの場面で終わるのだが、この美しい景色の中で、コルムとパードリックはあんまりうまくは和解しきれないまま、島にしがみついて生きていくのだろうな、と思い、島の美しさに余計に胸が締め付けられる気がした。