Maki

イニシェリン島の精霊のMakiのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.0
原題:The Banshees of Inisherin
公開:2023年
視聴:Disney+(字幕)


⚡ネタバレあります⚡


あなたは、神の教えに従い、きよい関係をつくり、友としての分を果たし、常にあなたの友を愛し敬い慰め助けて
「死が二人を分かつまで」
健やかなときも、病むときも、順境にも逆境にも常に真実で愛情に満ち、あなたの友に対して堅く友情を守ることを誓いますか?

いいえ、誓いません。


そう、友情には誓約も契約も届出も承認もない。利害や信条の一致から親しい間柄となるもの。私利私欲に囚われず心を委ねられるもの。断ち切っても罪にならないのが友情、だがしかし…

コルムとパードリックが互いに求めることはズレにズレて見事にこじれる。コミュニケーション・ブレイクダウン(LED ZEPPELIN)から、コミュニケイション・メルトダウン(THE GROOVERS)。平和だが退屈なイニシェリン島民には悪化する軋轢を解消する気も術もない。対岸の火事が灰か塵と化すまで。



いい奴だったおじさん同士が道ですれ違う。それだけのシーンに立ちこめる緊張感にのけぞりそう。なんなんだこれ。
五本の指とフィドルの演奏力と我が家を失ったコルムと、賢い妹シボーンと親しい隣人ドミニクと可愛いロバのジェニーを喪ったパードリックが交わす言葉は

「この火事であいこだ」
「あんたは生き残った。だからあいこじゃない」
「最近、砲弾の音を聞かない。内戦も終わりか」
「どうせまた始まるさ。終わりにできないものもある。悪いことじゃない」
「パードリック。犬の世話をありがとう」
「お安い御用だ」



海岸の左に佇むコルム、海岸の右に立ち去るパードリック。その中央に死を告げる妖精バンシー=マコーミック夫人の背中。
「死が二人を分かつまで」
健やかなときも、病むときも、友情が終わって映画が終わっても「死が二人を分かつまで」物語は終わらない。

指はまだ15本残っている。

鑑賞直後は空虚と不快に覆われたが、あとからじわりじわり効いてくる苦みと深みに学びがあった。


●マーティン・マクドナー監督
『スリー・ビルボード』で切れ味の鋭さは知っていたが再び唸らされる。賢者と愚者、マジとジョークのグラデーションが好い。勢いで過去作『ヒットマンズ・レクイエム』も観たら面白かった。

●パードリック(演:コリン・ファレル)
レビューの少ない私としては珍しく『THE BATMAN-ザ・バットマン-』『13人の命』『アフター・ヤン』から続いて4本目の投稿。ほんと巧く味のある役者になって。コルムとシボーンとドミニクの心情をまるでわかってない途方もなく罪深い愚鈍のリアリティ、さすがです。

●コルム(演:ブレンダン・グリーソン)
世界の民芸品に囲まれて作曲と演奏を嗜む。理知的に見えながら己の指を切り落として友人宅のドアに投げつける前代未聞の沸騰親父。でもそれをやりかねない、と信じ込ませるいぶし銀の演技に圧倒される。

●ドミニク(演:バリー・コーガン)
浅慮の裏に絶望を秘めていた青年。バリーの巧さが光る。本人は幼いころ母をヘロイン中毒で亡くしているらしい。ファレルと共演する『聖なる鹿殺し』そろそろ見ようかな

●シボーン(演:ケリー・コンドン)
ケリーは大傑作ドラマ『ベター・コール・ソウル』でも意固地な義父に厭きれたり諭したり振り回されていたのでこっちでも大変だと妙な共感を。幸せな人生を。

●マコーミック夫人(演:シーラ・フリットン)
不気味で浮世離れだが、もしかしたら島を出る夢を諦めたひとの成れの果てではないか。シボーンが彼女を「死神」と恐れたのも多重の意味があるのでは

●ロバのジェニー
えーん、可愛かったのにまさかそんな

●コルムの愛犬サミー
ハサミを隠そうとする姿。うう、なんていい子。まだまだ続きそうな争いの犠牲になりませんよう
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