かすとり体力

イニシェリン島の精霊のかすとり体力のレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.0
マーティン・マクドナー監督作品。

非常に気になっていたもののDisney+で配信されたせいでレンタルにも落ちて来ず、やきもきしていたらアマプラの有料配信で発見し、すぐさま鑑賞。

鑑賞後まずの感想は、「何をどう思えば良いん?笑」。(褒めている)

私、同監督の前作『スリー・ビルボード』がオールタイムベスト級に好きで。

改めて自身の『スリー・ビルボード』レビューを読み直したところ、大ぐくりな感想としては本作から得た印象と非常に近しい言語化をしていた。

まずもって、前作も本作も、「何か得体の知れない、どう受け止めて良いか分からないお話」であるのに、非常に面白いんですよな。

で、その要因として前作レビューで書いていたのが、「複雑系としての人間をダイレクトに描けている」ということ。

人間なんて、昨日と今日でも人格が異なるし、特定の一時点で切ったとしても、簡単には言語化できない、複雑な人格の因数が胎動しながら「一人の人格」らしきものを一種虚構的に成立させている存在に過ぎない。

そもそも人間なんてのは、簡単には割り切れない複雑な存在だ、ということ。

そして同監督、この「複雑系としての人間」というものを、妙な説得力をもってそのまま作中に再構成させることに才がある。

全体のストーリー構成を前提として、その中に記号的かつ機能的にキャラクターを嵌めていく(こういう作品よくあるよね・・・)のとは全く逆のプロセス。

「複雑系としての人間」という存在をまず規定し、その「複雑系ドリブン」で物語を駆動させた結果、全くご都合主義ではないし、「得体が知れないけどなぜか面白い」お話が紡げていると感じた次第。

別の言い方をすると、「事実は小説より奇なり」という言葉があるが、現実世界にいる我々人間が複雑な存在であるからこそ、人々の営みが絡まり合うことで「複雑×複雑」な状況が生まれ、その結果として想定も出来ないようなことが起きる、というのがこの言葉が成立する真因であるように思う。

そういう意味では、同監督は「複雑系としての人間」をダイレクトに作中に登場させ駆動させることで、「小説より奇なり」な「事実」を「小説」として再現することに成功していると思うの。変なの。

以上が総論。

で、そう考えると、作中で起きる諸々は「小説より奇なり」な事実の積み重ねとなるため、個々の各論がこれまた変で面白いんだ。

細かいところに触れてるとキリがないので思いつくままに数点。

コルムが抱える悩み、「残された人生で有意義なことをしたい」「そのために、無駄な時間を省きたい」という心境は最近の我が心とシンクロ。

私、ここ10年ハードワークで、かなり莫大な時間を仕事に費やし、かつそれを良しとしてきたのだが、ここ数年「本当にそれで良いのだろうか」という悩みが生じていた。

その時間に、もっと映画が観られたかもしれない。旧友と会えたかもしれない。もっと家族との時間を大切に出来たかもしれない。
一たびそういった思いが去来すると、夜遅くまで仕事をしているときに「無駄に時間を浪費している」感覚、機会損失している感覚を強く覚え始めた。

なので本作におけるコルムの課題認識は痛いほど分かっちゃった。(そのアウトプットの仕方が極端過ぎるのが問題なんだけど)

また、コルムがパドリックにそれを表明したことについて、パドリックからしたら青天の霹靂だっただろうが、コルムはこれ、ずっと前から考えていたはず。

「俺の人生、考えて見ると残り少ないよな・・・」
⇒「残り少ない人生で何を残せるんだろう・・・」
⇒「時代を超えて受け継がれる音楽を作曲するべきでは・・・」
⇒「そんな時間あるかな・・・」
⇒「ってか、パドリックとの会話の時間、前からうっすら思ってたけど、無駄だよな。。教養も無いし」
⇒(今日も一緒に飲んでみた)
⇒「ほら、今日も馬糞の話2時間聞かされたよ・・・。やっぱ無駄じゃん」

みたいに、ちょっとした思考の種が自分の中で鬱々と成長し、一気に花開いてしまったんだろう。
(こういうこと、実際の喧嘩とかでもよくありませんか)

気づいたらものすご長くなっていたので最後に一点。

やっぱアイルランドの自然がヤバ過ぎる!!

たまーに映画でアイルランド(北欧)を舞台にした作品を観るが、その中で描かれる自然の壮大さがちょっと桁違いなんだよな。

本作なんか基本的にほぼ全編がアイルランドの島を舞台としているので、常に画面が綺麗で峻厳で、とにかく眼福。

私、本作を観て、いつか北欧の自然を生身で体感することを人生の目標の一つにすることを決めました。

以上。

最後散漫になっちゃったけど、期待を上回る傑作だった。色々なフックがあり、誰かと語らいなくなる作品でもありました。
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