もるがな

ONE PIECE FILM REDのもるがなのネタバレレビュー・内容・結末

ONE PIECE FILM RED(2022年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

人は選ぶと思うものの、ワンピ映画では一番の傑作。100巻超えの国民的漫画の最新映画で、まさか2時間弱の間、新キャラがほぼ8割の映画を作ると思わず、これはウタによるウタの物語である。

ストーリー漫画の映画としてはかなりの変化球でありながら、観賞後はど真ん中ストレートを抉られた感じがあり、ウタというキャラを通してワンピ世界観を外側から捉え直しているのが凄まじい。冗談抜きで見終わった後は今まで読んできたワンピース自体の解像度がガラッと変わるだろう。

まずこの映画の根幹となるウタのキャラクターが素晴らしい。このキャラクターにハマれるかハマれないかで映画の評価は180度変わると言っても過言ではなく、シャンクスの娘という宣伝はほとんど客を掴むためのキャッチコピーに過ぎない。

民衆の希望と大海賊時代の暗黒面を一身に背負って偶像の歌姫になった女ウタが、無垢な自身の理想と残酷な世界のスケールをうまく擦り合わせることができず、徐々に歪んで暴走していく。ルフィに対する「海賊、やめなよ」が刺さった人は多いだろう。男のロマンに対する醒めた女の反応でありながらまさにキラーワードであり、ワンピースにおいて対立して統治する海軍に属さず、大海賊時代を否定する女というのがまず素晴らしいのだ。ここに触れたのは作中だとハンニャバルぐらいなもので、ルフィの冒険の外側で起こった略奪や殺戮を、民視点から真っ向で批判したことにまず驚いてしまった。大海賊時代を謳歌できるのは強者でしかなく、弱者にその居場所はないというのは、アンチテーゼとしてかなり強烈だろう。

それでいてウタは単なる被害者やヒロインで終わらないというのがミソであり、また暴走の動機も理解できる。ウタは映像電伝虫を通してでしか世界を知らず、残酷さを知っていながら本当の世界の残酷さはまだ知らない。民を丸ごと永遠の夢の世界へと閉じ込めるという大海賊時代からの逃避がウタの結論なわけだが、それをまとめて海軍が切り捨てるなどとは思わず、また自分の理想が狂っているとも思っていない。身の丈に合わない願望と、支えきれない大衆の身勝手な欲望。そしてそれを叶えられてしまう強大な力を持ってしまったのが悲劇の始まりなのだ。

これらが実際に世界を目で見て回ったルフィとの対比になっていて、ウタの語る争いのない新時代をルフィは否定せず「お前はそれでいいや」と興味を示さなかったのがルフィというキャラクターらしさがあり、他者の夢は否定しないのが自由そのものであり、それが阻害されていたり望んでいないものなら全力で筋を通すものの、当人が望んでいるのであればそれが如何に幼稚であっても当人の自由にさせる。ある意味非常に現代的な主人公でありつつ、モノローグのない主人公という一見すると致命的な欠陥を抱えながら、だからこそ浮かび上がる心情や他者との関わりが面白いのだ。それをこうした映画で描けるのがまず凄いと思う。

そんなウタの育ての親であるゴードンのキャラも素晴らしく、恐らく普通の人が期待するワンピ映画だと文句なく悪役になるのだろう。登場シーンからしてミスリードであり、彼がウタを利用しているのではと初見ではあっさり騙されてしまった。シャンクスとの「男の約束」があるからこそ嘘を貫いたわけで、しかしながら友人を傷つける姿をこれ以上見てはいられず、つい嘘を告白してしまうという「弱さ」がたまらない。音楽を愛するからこそトットムジカという兵器の楽譜を捨てられなかったことも弱いし、その力は何か平和に転用できるのではという望みを抱いてしまうのもまた弱い。自身を「弱い男」と述懐することにこれほど納得のいったキャラ造形もないだろう。譲れないもののために些事を切り捨てる海軍との対比にもなっていて、そこで明かされた真実をウタはすでに知っていて、それがウタの暴走の理由にストレートに繋がっているあたりの心理誘導は本当に巧みで感服してしまった。誰が悪いという話ではなく、起こるして起こった悲劇として綺麗に話が一貫しているのだ。

これらのクソデカ感情で鑑賞中は情緒がブッ壊されながら、2歳差の幼馴染お姉さんというウタの属性が性癖に刺さってしまったし「出た。負け惜しみ〜」には完全にやられてしまった。ワンピ初読当初はなんでルフィがそんなに音楽家に拘るのか理解できなかったが、見終わったあとだと「ルフィお前……!」ってなってしまう。「海賊王におれはなる!」という有名な台詞も、大海賊時代を終わらせる男として見ると、観賞後には大きく意味が変わってくるのだ。

当初は気楽な気持ちで観に行ったワンピ映画でまさか性癖をゴリゴリに抉られるとは思わなかった。当然国民的映画だからこそその針も極太で、つまらなかった人も多ければ、恐らくブッ刺さった人も多いだろう。自分は後者で、こんな性癖を抉る映画を国民的漫画の映画でやられるのはとても危ない。五老星もそりゃ警戒するだろう。フィルムレッド、文句なく傑作です。
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