幽斎

生きる LIVINGの幽斎のレビュー・感想・評価

生きる LIVING(2022年製作の映画)
5.0
【幽斎的2023ベストムービー、ミニシアター部門第3位】
恒例のシリーズ時系列
1952年 5.0 生きる 原作、名匠のヒューマニズムの頂点
2007年   生きる テレビドラマ、9代目松本幸四郎主演
2018年 生きる ミュージカル、主演は市村正親と鹿賀丈史
2022年 5.0 Living イギリス映画リメイク、本作

世界の名匠黒澤明の不朽の名作「生きる」ノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚色でリメイク。原作を未見の方は本作から先に見る事をお勧めする。Tジョイ京都で鑑賞。

アカデミー主演男優賞、脚色賞ノミネート。ゴールデングローブ主演男優賞ノミネート。広島でミニシアターを支援する友人が、元安川に掛かる平和大橋の名は「生きる」。独特な欄干はイサム・ノグチのデザインだが、黒澤の映画が創られると「つくる」に変えられた逸話を良く話してくれた。The New York Timesは「Barack Obama大統領が此の橋を渡る事で核兵器のない世界に向けた第一歩となる」記事を書き、ソレは実現された。

リメイクは私が生まれる前から何度も検討されては消えるを繰り返し、ソニー・ピクチャーズがTom Hanks主演で「マイ・レフトフット」名匠Jim Sheridan監督で制作寸前まで検討。噂では日本の東宝との折衝が要因らしいが、本作は純イギリス映画。仲立ちしたのはソニー・ピクチャーズ、アカデミー賞8部門ノミネート「日の名残り」ノーベル文学賞Sir.カズオ・イシグロが本作の為に書き下ろし。或る意味日英合作映画でも有る。

1952年公開「生きる」敗戦国となった東京が舞台。本作「生きる LIVING」終戦後で復興途上の1953年ロンドンが舞台。エリザベス女王2世の戴冠式で祝福ムードも、戦勝国とは言え食料は配給制で庶民の不満が渦巻いた。日本は朝鮮戦争の特需で高度経済成長の足掛かりを掴んだ。イギリスの役人や政治家は自分達の既得権益を守る為、保身に走り国の発展を置き去りにして「ゆりかごから墓場まで」崩壊。英国病に侵され日本に経済で追い抜かれた。人生を問うコンセプトにイギリス映画大好きの私も一緒に共鳴したい。

私の弟は国土交通省に勤めてるが「地図に残る仕事」と言う希望を抱いて国家公務員に成ったが、全ての公務員は「生きる」を入局前の鑑賞必須にすべき。原作の素晴らしい点は1950年代に官僚腐敗を予見、公務員独特の事勿れ主義、前例が前提と言う全体主義への批判。解雇の恐れが無い身分保障への裏返しで仕事への無気力。「人は何故働くのか?」社会貢献や奉仕の為、決して綺麗事では無い。金目だけで働くなら、人間らしさも同時に失ってるのでは無いか?。

予算不足でもっと小規模の作品に成る筈が、イシグロの脚色を読んだイギリスの名優が出演に名乗りを上げる。Bill Nighy 74歳、生粋のイングランド人。「ラブ・アクチュアリー」英国アカデミー助演男優賞。「ナターシャの歌に」ゴールデングローブ主演男優賞。彼の演技は自然体で役を演じてるだけなのに、観客に役者を感じさせず、一人の人間としての在り様に魂を揺さ振られる存在感。ミステリー派の私のお薦めは「アガサ・クリスティー 無実はさいなむ」。彼の生涯最高の演技で有る事に、惜しみない拍手を送りたい。

原作で主人公を演じた志村喬。個性に乏しく感情表現も下手な「ザ・日本人」。対するBill Nighyは日本人がイメージする英国紳士らしく相応にカッコいい。と、私も最初は思ってた。しかし、物語が進むと見当違いも甚だしい。外面は良くても中身はカラッポの缶コーヒーの様な、吹けば飛ぶよな存在感。秀逸なのは「見せ掛けの良さだけ」現在のイギリスに同じ事が言える。最後の砦だった軍事力も日本に抜かれ、第6世代ステルス戦闘機を日本と共同開発するのは本音では屈辱だろう。

最大の懸念は、敗戦国と戦勝国との違い。日本はイギリスの同盟国アメリカから原子力爆弾を2つも落とされ、天皇陛下が降伏宣言する屈辱に塗れた。イシグロの脚色が凄いと思うのは、彼もイギリス国籍。戦争に勝ったイギリスは日本の様な無様な姿で居られず、戦後は「虚栄の国」へ没落。代表的なのはロールスロイス、アストンマーティン、ベントレー、ジャガー、ロータス、そしてミニ。どれがイギリスの自動車メーカーか解りますか?。全て英国創業ですが答えは「0」。全て外資に買われ戦争に勝ったら全てOKと言う単純なモノじゃ無い。女王陛下が枢軸国のドイツ製の車に乗る気分は屈辱だろう。

Bill Nighyの起用を薦めたのはイシグロ本人。「切り裂き魔ゴーレム」起用歴のあるプロデューサーStephen Woolleyが「君が本を書いてくるなら資金を集めるよ」約束。イシグロが少年時代「生きる」を見て、「一生懸命努力して周りが褒めてくれた事をモチベーションにしちゃダメだ」と解釈。イシグロは「生きる」が、世界のクロサワより、もう一人の名匠小津安二郎監督のセンスに近いと論破。志村喬でなく笠智衆をイギリス人が演じるとしたら誰だろうと考え、Bill Nighyに辿り着いた。

本作をスリラー的に考察すると、テーマは「人生の意味」ですが、裏テーマは何を遺したか、ではなく「遺したモノの続き」。多くの人は成果が残るのは稀で、仮に残っても肝心な「マインド」が継続するかは不透明。私の弟が「地図に残る仕事」偉そうに言いましたが、アレは大成建設のキャッチコピーですから(笑)。何かの「証」を遺せば人生に良い影響も与える、分かり易い例が「子供」。本作は人生で遺したモノ、ソレに何かが宿る軌跡と奇跡を私にも魅せてくれた。エンドロールに「ありがとう」言う作品はソウは無い。

黒澤明の「称賛のない努力は報われたか?」問いに、カズオ・イシグロは見事に答えた。
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