great兄やん

TAR/ターのgreat兄やんのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.8
【一言で言うと】
「清廉潔白の“被害者”」

[あらすじ]
リディア・ターは、ドイツの著名なオーケストラで初の女性首席指揮者に任命される。リディアは人並みはずれた才能とプロデュース力で実績を積み上げ、自身の存在をブランド化してきた。しかし、極度の重圧や過剰な自尊心、そして仕掛けられた陰謀によって、彼女が心に抱える闇は深くなっていく...。

ポリコレという名の“ルドヴィコ療法”。ストーリーの分かりづらさが思いっきり前面に出てしまっているので、ハッキリと傑作だとは断言できない映画ではあるが、正直今の時代において余りにも猛毒すぎる怪作が誕生してしまったのではと思っている。まさに現代に準(なぞら)えた“時計仕掛けのオレンジ”であり、スタンリー・キューブリックがもしも生きていたらこんな映画を撮っていただろうな…とも考えてしまう🤔

16年ぶりの復帰作品であるトッド・フィールド監督ですが、いやはや長期のブランクを感じさせない素晴らしい映画体験でした...ある意味キューブリックの“再来”と評してもいいくらいですよこれ(゚o゚;;...

とにかくケイト・ブランシェットの演技がマジで巧い、というかヤバすぎる。心底ビビった。
冒頭の長セリフや徐々にメンタルの“調律”が狂っていく演技然り、159分間彼女の“独壇場”と言っても良いほど目を見張るものがありましたし、何よりも“リディア・ター”という役柄に“憑依する”このレベルの高さが本当にリアル過ぎて怖い。本来であれば役柄と俳優を乖離して見るべきだと思っているのですが、今作の彼女に至ってはその視点が混在してしまう“危険性”が常に孕んでましたね...
いやマジで…このような時代にあのような“リスキー”過ぎる役柄を演じた彼女の図太いメンタルに終始脱帽です(・・;)...

それに演出面に関しては本当に見事としか言えない。ターの完璧な生活の中に潜む狂気と不穏を微細な“音”で表現する時点で既に演出力の卓越ぶりを見せているのだが、これをあえて“語らない”、要は伏線として用意するのではなく、我々観客の中に残る“不協和音”としてスリラー要素を増幅させた演出センスにはただただ唸るばかりだった。

それからワンシーンにおける格式高いショットの構図、人間の“盲点”を突くような鋭いメッセージ性…異論はあるかもしれないが、個人的にはこの不完全な“完璧さ”に終始惹かれゆくばかりでしたね😌...

とにかく絶対的権威を保持した指揮者が陥る見えざる“攻撃”に静かな恐怖と“共感”を抱いてしまう、多様性思想が乱立するこの現代において果たして“スタンダード”な人間とは何かを考えさせれる一本でした。

本来ならば音楽の“舵取り”を行う指揮者が次第に音楽から“人”の舵取り重視へとシフトしていく彼女の振る舞いにゾッとしつつも、もしかすると自分も同じ立場に立てばターのような愚行を犯してしまうのかもしれない。

結局のところ多様性を重んじたところで“完璧”な人間だったり社会だったりは生まれてこないのが真理なのではと思ってますし、作中でバッハへの“キャンセルカルチャー”を言及する学生が出てくるが、そんなもの聞く側からしたら“知ったこっちゃない”ですし、むしろ自分の身勝手な批判をキャンセルカルチャーという言葉を盾に合理的にしてるとしか思えない...とか言ってしまうと軽く炎上してしまうのがこの世の常だったりする。

まぁなんというか...ホント、生きづらい世の中ですよね😅
ある意味ターは自分の“意志”を保持し続けてしまった結果、多様性社会の“被害者”となってしまった訳ですから...