great兄やん

Hereのgreat兄やんのレビュー・感想・評価

Here(2023年製作の映画)
4.2
【一言で言うと】
「祖国(ここ)ではない異国(どこか)へ」

[あらすじ]
ベルギーの首都ブリュッセルに住む建設労働者の男性シュテファンは、アパートを引き払って故郷ルーマニアに帰国するか悩んでいる。シュテファンは姉や友人たちへの別れの贈り物として、冷蔵庫の残り物で作ったスープを配ってまわる。ある日、森を散歩していた彼は、以前レストランで出会った中国系ベルギー人の女性シュシュと再会し、彼女が苔類の研究者であることを知る。シュテファンはシュシュに促されて足元に広がる多様で親密な世界に触れ、2人の心はゆっくりとつながっていく...。

初バス・ドゥヴォス監督作品。まず率直な感想として、ベルギー版河瀨直美監督かな?って思っちゃうくらい”自然”との融和性が余りにも高すぎてただただビックリ。簡素なストーリーに質素かつ唯一無二なサウンドスケープ、それに16mmフィルムで映し出す静謐で柔和なショットの心地良さという、まさに睡魔スターターセット(笑)の三拍子が揃った作品なのにも関わらず、何故か惹き付けて離さない魅力を感じるのは監督の妙なのか、それともたまたま己の眼が堅かっただけなのか😅…

とまぁそんな話は置いておくとして、とにかく静か。ただただ静かにストーリーが進んでいき、悪く言えば退屈、良く言えば無駄のない”洗練”された構成なのが特徴的で、特に後半ラブロマンス的な展開を迎えるのだが、あえて”見せない”ショットや終始苔と自然を取り巻くアンビエントなゾーンに突入したりと、ジャンルとしての余地を残しつつ”分かり易さ”を徹底的に排除した、この絶妙に考察における”余白”を設けた世界観がなんとも不思議でしたね🤔…

それにショットの美しさは言わずもがなではあるが、なんと言っても”陽光”の取り入れ方がメチャクチャ巧すぎる。何気ない情景を淡々と映しているように見えて、陽光と陰影のコントラストを駆使することにより主人公の表情に直喩的にも隠喩的にも取れる”翳り”を生み出す事に成功しており、こちらもまた考察における”余白”という意味で十分な機能を有しているのが何よりも技巧的で唸るばかりだった。
ルーマニアからの移民労働者である主人公。そんな彼が異国の地で彷徨う中見つけた苔という小さな”自然”により翳りが徐々に晴れていく様はまさに胸がすく思いでしたし、我々が見落としがちな”モノ”にあえて目を凝らすことが重要なんだというメッセージに改めて考えさせられました😌…

とにかく淡々とした起伏のない展開が目立つが、それ故に些細な日常の場面を丁寧にかつ微細に紡ぎ出している、まさに”神は細部に宿る”の言葉に相応しいと言える一本でした。

84分という非常に短い時間ながらも、メッセージ性が全面に出過ぎた短絡的な部分は皆無に等しく、前述したように”考察”の余地を与えるストーリーとアンビエントとの融和性、それにほんの少しばかりの”思慕”がバランス良く組み合わさった、まさに胸中の靄が晴れゆくツボというのが絶妙かつ的確に押さえられてる今作。

苔が胞子を飛ばすように、主人公シュテファンは親しい者にスープを配る。まるで新たな場所で繁殖する苔と同じくして、シュテファンは様々な人物に”痕跡”を繁殖してゆく。今は逢瀬の別れ際かもしれないが、きっと”ここ”に戻って来る。まさに移民と苔の”親和性”を見出したバス・ドゥヴォス監督の優しさに溢れた映画でもあると感じましたね😌...