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オッペンハイマーのgreat兄やんのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5
【一言で言うと】
「禍福を糾いし”発明”」

[あらすじ]
第2次世界大戦中、才能にあふれた物理学者のロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが...。

”問題作”。その一言で済ませば話は早いかもしれないが、間違いなく何重にも緻密かつ重厚な”破壊”についての沙汰を描いているのは明らかであり、恐らくだが明確な”正解”を生み出す事が事実上不可能な映画だとも言えよう。
今作における様々な論争や批評、そして”不名誉な”話題性はアメリカ公開当時から話題となっていたが、こうして日本のプラットフォームで公式に観れる今現在において、またしても観る者の心を搔っ攫う映画を創り上げたクリストファー・ノーラン監督の”畏怖”にただただ立ち尽くすばかりでしたし、今作の日本公開にこぎつけた配給会社ビターズ・エンド様に多大なる感謝を申し上げたい気持ちでいっぱいです😌...

これまでに”時間”や”宇宙”、”夢”など、様々な事象に対して多角的な視点でその特異さを表現してきたノーラン監督ですが、最新作ではまさかの”伝記映画”という類を見ないジャンルで挑戦した驚きもですし、何よりもオッペンハイマーという”人物”の側面をあらゆる角度から映し出した、まさにノーラン監督の”根底”とも言える多角的な視点をあのような手法でアプローチできる彼の手腕にひたすら唸るばかりだった。

彼自身の視点が主軸かと思いきや別視点であるストローズ少将の”主観”が映し出されたり、はたまたカラーとモノクロを使い分ける事によって核爆弾がもたらした”兆し”と”翳り”の差別化を演出するという奇特さだったりと、ある意味伝記映画における淡白なイメージを彼の演出によって見事濃密な”唯一無二”として成し得た素晴らしさがあると感じましたね🤔...

それにノーラン御用達のホイテ・ヴァン・ホイテマがまたしても撮影に関わっており、なんと言っても圧巻の映像描写は勿論のこと、IMAXのラージフォーマットで映し出される荒涼な”風景”、そして原爆投下実験での切迫したシーンのカット割など、あらゆる面で傑作たらしめる要因をこの撮影がほぼ全てを担っていると言っても過言じゃないくらい見事な映像体験だった。
特に中盤原爆が落ちる瞬間のイメージ映像が挟まれるのだが、冗談抜きで今まで観た映画の中でも本気でゾッとする瞬間だったと思う。あれによりオッペンハイマーが抱える”呵責”の大きさを狡猾にも分かりやすく体感しましたし、原爆がもたらす恐ろしさというのを生身で感じましたね(・・;)...

それから劇伴を担当したルドヴィク・ゴーランソンの霊妙かつ抑圧された音がオッペンハイマーの”心情”として還元する多彩さも見事でしたし、彼の抱える”負”の感情が地響きの如く鳴り響く音響はまさしく観ているこちらも同様の重圧がのしかかるかのような雰囲気を感じましたね🤔…

とにかく物理学者ロバート・オッペンハイマーが発明した”産物”は果たして称賛されるべきなのか、それとも糾弾されるべきなのか…栄光の裏でひしめく重圧や呵責、それに”責任”の重大さを一介の科学者から見つめてゆく、まさに0から1を産み出す歴史的瞬間を疑似体験するかのような生々しさをも感じる一本でした。

見事オスカーを勝ち取ったキリアン・マーフィーやロバート・ダウニー・Jrの拮抗した演技合戦も見応えあったが、やはり個人的にはオスカーを惜しくも逃したキャサリン・オッペンハイマー扮するエミリー・ブラントの演技が何よりも最高で鳥肌が立った。特に終盤ジェイソン・クラーク演じるロジャー・ロッブとキャサリンの”舌戦”はまさに必見。ロジャーが繰り出す意地の悪い質問に対し不遜にも冷静沈着に攻撃をいなす彼女の姿にただただシビれましたね...

今作において映画的観点で言えば文句なしの5.0を付けたいところだが、やはり描いているものがそうであるように、これを映画的観点だけで見ても良いのかという”憚り”が存在してしまうのもまた事実ではある。
原爆投下に対し日本のどこに落とすのか、そして原爆が投下された瞬間のアメリカ側の反応など、日本人である自分が観る感想としては正直なところあまり気持ちよくはない。しかし日本側が古来から持つ”集団主義”や大東亜共栄圏によるアジア側に対する悪行、更には真珠湾攻撃など、その事実を踏まえた上で見るとアメリカ側も戦争を終わらせる為の”強硬手段”だったのではないか…と思いもしたり、しかし一般市民の住む区域に爆弾を落とすのは紛れもなく非人道的行為だよな…とも思ったり...

結局のところ正解なんて出るわけがないですし、今作に対して無理矢理正しいものに型をはめようとする行為は、まさしくストローズ少将がオッペンハイマーに対して行った”愚行”に近しいものがあると言える。大切なのは、今作で描く様々な人物が持つ”欲望”や”理性”を客観視することであり、その均衡を無残にも崩し去った”戦争”の愚かさを今一度認識することだと考えています。

長々とした駄文で申し訳ないが、太陽に近づきすぎたイカロスのように、”欲望”に接近しすぎると”理性”が徐々に失われていくという人間の脆さを描いた一作。ノーラン監督はこの”シンギュラリティ”に対して世界はちゃんと理解し考えているのか、その希薄さに警鐘を鳴らしたという解釈を、私はあのエンドロール直前のシーンにて感じました😔...