sugar708

TAR/ターのsugar708のレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.2
「芸術」と「人格」は切り分けるべきか。

本作を観て感じたのは、マックスとの対話シーンを見てどう思うかにより、この作品の捉え方も変わってくるのかなと。

マックスはバッハの私生活に触れ、彼の音楽は聴くに値しないと言う。それに対してターは人間性はともかく彼の作品から学ぶべきこともあるはずだと主張し彼の主張を論破する。

両者の意見はある意味で間違っていないと私は思います。人間的に問題があるアーティストの作品に触れたくないという感情を持つ方は一定数いるでしょうし、その気持ちは理解できるので、そんな方々の意思は尊重しなければいけない。

しかし、それを言い出したら我々はピカソの作品を全て燃やさなければいけないし、エアロスミスやクイーンといったアーティストの楽曲は聴けないし、ロマン・ポランスキーやハーヴェイ・ワインスタイン、ケヴィン・スペイシーらの作品も二度と観ることが出来なくなってしまう。

清廉潔白さを追い求め、過去から何かを学べなくなった世界、それは本当に正しい世界なのか。

そう考えると舞台がドイツというのは非常に見事な設定だなと。劇中にも非ナチ化の話が出てきますが、私は上映中に「ドレーアー法」の存在を思い出しました。

勿論、犯罪に時効というものがあってはいけないと思いますが、数百年以上前の罪から全て断罪していったら芸術や文化の世界は成り立たない。

キャンセル・カルチャーとも言えるマックスの思想は非常に難しいテーマであることを改めて考えさせられました。

また、本作が描き出すジェンダーや人種の評価という問題もまた難しいなと。
近年、ゴールデングローブ賞でも問題が取り沙汰された白人と有色人種、男性と女性の割合もそうですが、確かに「白人男性だから」という理由で選ばれるのは間違っている。

しかし、その逆も然りで「有色人種や女性の割合を増やそう」という思想のもとだけで選んだのであれば「あの人は人種やジェンダーで選ばれたんだ」と言い出す人間が現れたり、本末転倒な結果になってしまう。

そんな世界が行き過ぎてしまえば、極論オリンピックで「白人、黒人、アジア人・・・それぞれの人種で1個ずつ金メダルを授与しましょう」なんて話になってしまうかもしれません。

セクシュアリティ、ジェンダー、人種によって差別があってはいけない、しかし実力の世界である以上、正当な評価で選ばれた結果に偏りがあるならそれはそれでちゃんと享受することが我々には求められているのだと思います。

誰がアップしたかわからないSNSの匿名性や切り取りによって事実が歪曲して拡散される様子も含め、時折ステレオタイプの男性のような仕草を見せる彼女、TARは現代社会が抱えている問題をケイト・ブランシェットの圧倒的な演技力で表現していました。
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