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エンパイア・オブ・ライトのsugar708のレビュー・感想・評価

エンパイア・オブ・ライト(2022年製作の映画)
4.4
毎週土曜の深夜2時に観たくなる、凡庸さが美し過ぎる映画。

本作が紡ぎ出す物語には、特別な何かを持った主人公や人物は登場しません。

サッチャリズムによる失業率の上昇を起因とした黒人差別や主人公であるヒラリーの心の問題といった社会的問題には触れながらも、あえてそことは切り離した形で描いたのかなと。

この映画の登場人物は全員、何一つ特別な才能があるわけでもなければ、社会を変えようとする勇気や、世の中を動かそうとする情熱があるわけではない。

自分の人生に精一杯な凡庸な人間なのです。

目の前で黒人差別を目にしたからといって全員が全員、社会を変えようと動けるわけではない。いけないことだと分かっていてもそこで行動に移せるわけではありません。ウクライナ戦争を目にしながら傍観することしかできない我々と同じような弱い人間の物語。

だからこそ、見ようによってはサム・メンデスやロジャー・ディーキンス、オリヴィア・コールマンといった稀有な才能の持ち主たちが集まった作品にしては凡庸さを感じてしまうかもしれません。そして、何か社会問題を提起しなければ評価されない現代映画の流れから見ても、少し物足りなさを感じるかもしれません。

でも、私はその凡庸さこそがとてつもなく愛おしく、美しい作品だと思いました。

誰もが大なり小なり人生の問題を抱えていて、時に打ちのめされる。自らの人生に嘆く夜もあれば、絶望と共に目覚める朝だってある。それでも、昨日より今日、今日より明日は良い未来があると信じてもがきながら歩き続けるしかない。

それだけが人生を好転させるヒントだと信じて。

そんな普通の人生を生きる彼女らにライトを当てた映画のラストシーンは多幸感が素晴らしく、毎週土曜の深夜に観て来週への活力をもらいたくなる作品でした。

また、私はこの登場人物たちの距離感がとても大好きで、近過ぎず遠過ぎず、見守りながらも時に助言を与えてサポートする姿は、エンパイア劇場の人たちの表には出てこない繋がりの強さを感じました。

個人的に印象に残ったのは、スティーブンが老人の姿を真似するシーンでした。彼は一見すると差別される側の人間です。しかし、その彼もまた自分より弱い立場の人間を時に蔑む、聖人君主ではないということを端的に描いた心に残るワンシーンだったなと。

最後になりますが、ロジャー・ディーキンスの画が本当に美しく、それだけでも本作は観る価値があるのかもしれません。タイトルの通りライト、照明のオンオフを多用していますが、その陰影や構図、どれもが圧倒的です。
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