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哀れなるものたちのsugar708のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.3
常識や偏見を持たない逆コナンが冒険の中で見つけた己の在り方や幸福、そして愛の形。

2024年現在「一番好きな映画監督は?」と聞かれたら恐らくヨルゴス・ランティモスと答えてしまうくらい彼の作品が大好きなのですが、率直な気持ちを答えると「ランティモス感がもう少し欲しかった」でした笑

例えば、聖なる鹿殺しで描いた自らの命と子どもの命のどちらかを選ばなければいけない母親が「子どもはまた作ればいい」そんなことを言えてしまう、人間の負の感情の極みみたいな映画をどこか求めてしまっている身としては、ベラ、マックス、ゴッドウィンは全員優しすぎる。。。ダンカンですら愛おしく思えてしまう。

ただ、そんな私情を除けば非常に素晴らしい作品でした。

見た目は大人だけど、心は赤ちゃんというベラから見た世界は、常識や良識といった固定観念に満ち溢れたもので、「何でダメなの?」と問いかける彼女の言葉に真の意味で答えられる人間は少ないのかもしれません。

生理的欲求に忠実だった彼女が次第に知識欲へと成長して、最終的にアイデンティティを確立していく人間の成長の過程と旅路とリンクさせる構成は非常にわかりやすく、とても観やすい映画だと思います。

また、本作は女性の権利や自立といった要素を含んでいるかと思うのですが、一般的なフェミニズム映画と違うのはベラの傍には常に男性がいて、そこが非常に面白いなと。

この手の映画の描かれ方として、男性は敵となる保守的な権威主義の象徴のような存在やそれに立ち向かう女性を支える立場など脇に置かれてしまう作品が多い印象を受けるのですが、本作においてベラは男性(女性)にどこか依存している。

色々な考え方があるかと思いますが、アイデンティティのための恋愛という言葉があるように、自己の確立とは自らの心だけではなく他者によって形成される部分も大きく、そこを綺麗事なくリアルに描いてる部分は本当に素晴らしかったです。

あくまで個人的な想像なのですが、本作の起点がイギリスであることを踏まえたら、ゴッドウィンは哲学者であるトマス・ホッブズといえるのかもしれません。

ベラは正しく2隻目のテセウスの船で、脳を移植された女性は一体何者なのか。肉体の持ち主なのか、脳の持ち主なのか、それとも別の全くの新しい存在なのか、様々なことを考えさせられます。

それは、細胞が入れ替わる我々も同じことで、ランティモスのフィルターを通して「アイデンティティ=同一性」を問いかけられているのかなと。

女王陛下のお気に入りで惜しくもオスカーを逃した彼が本作でどうなるのか、今年のアカデミー賞が非常に楽しみになる作品でした。
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