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モリコーネ 映画が恋した音楽家のMaUのレビュー・感想・評価

3.9
私の出会いは「アンタッチャブル」。まさにエンニオ・モリコーネの音楽はキャストを包むアルマーニの衣装とともに作品の大事なパートを担って今も強く印象に残っている。そして生涯で五本の指に入る大好きな映画「ニュー・シネマ・パラダイス」。映画音楽がこれほどまで素晴らしいものだと生まれて初めて感じサントラを購入した思い出の作品でもある。そんなモリコーネの生涯。ところどころしか知らない私にはありがたいドキュメンタリーフィルム。しかも監督はモリコーネが絶大な信頼を寄せた監督、ジュゼッペ・トルナトーレ(「ニュー・シネマ・パラダイス」の監督)。これは私は観ないわけにはいかない作品だと思っていた。出だしから最後まで期待を裏切らないカメラワーク、フレームワーク、編集力。劇場で観ることができて本当によかった。

音楽に携わる父の一言からトランペットを学んだ幼いエンニオ。師を得てクラシック音楽の学びを深めるが、仕事としては今一つの状況。食べるための仕事をこなすうち、ひょんなことから映画音楽に出会う。黒澤明の「用心棒」からインスパイアを得た「荒野の用心棒」を始めとするマカロニ・ウエスタンシリーズで印象的なフレーズを生み出し、斬新なアイデアを次々に音にしていく。その感性はクラシックの手法を用いてもそこにとどまらず自由で本当に素晴らしい。

クラシカルな世界に生きてきた彼は商業音楽を作ることは師への欺きだと感じ、常に背徳感を持っていたという。それでもオファーを得てイタリアからハリウッドに主戦場を移し、「ミッション」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「アンタッチャブル」と作品を重ねていく。でも、オスカーは彼になかなか微笑まない。(このあたりはやはりあのアワードの偏りも感じてしまう。「アンタッチャブル」の年は「ラストエンペラー」旋風が起こった年で、作曲賞は坂本龍一が手にしているのも興味深いのだけど)

そしてイタリアに戻り手がけたのが「ニュー・シネマ・パラダイス」。トルナトーレ監督はまだ新人に近い若手だったというが、年齢的な差別をすることもなくフラットに仕事をしてくれたと語られる。あの作品はシーンそれぞれに用意された曲が監督の美しい映像を彩り、全てのシーンが音を聞いただけで思い出される。やはり彼の代表作に間違いない作品だろうと思う。

ハンス・ジマーやクリント・イーストウッド、クェンティン・タランティーノらがインタビュアーとして登場するが、皆心から彼をリスペクトしているのがわかる。彼がいなければ、ハリウッドも含めて映画音楽のこれまでの歩みは確実になかっただろうと私も感じた。決して大げさではなく。オファーを受けて作るが決して言いなりではない。単なるBGMにとどまらない。「荒野の用心棒」も「アンタッチャブル」も、監督と意見の相違があっても彼が熱意を貫き、それが結果を生んでいく様が回想される。物静かで穏やか(彼はPeanutならチャーリー・ブラウンかライナス、と表されていた)だが、彼には音楽が全てであり、音楽に関することには決して妥協しない。その仕事ぶりに惚れ惚れしてしまった。作曲するうち迷宮入りする思考を整理してくれるのは妻のマリアであり、彼女がいつも最初のリスナーであったという話もよかった。

それぞれの作品のシーンが音楽とともに引用される。懐かしいシーンの裏側でのプロとしての葛藤や監督とのやりとりが重なり、涙が出てしまうほど(このあたり、時系列と回想、感情へのフォーカス、などをうまく整理して使い分けて編集が秀逸。監督の思い入れとリスペクトと手腕を感じる)。賞のために音楽をやっているのではないと言いながら、何度もノミネートされては受賞を逃すオスカーにはやはり落胆があったと語っていた。「海の上のピアニスト」の後、ハリウッドに見切りをつけたかのようにクラシカルな作曲へと回帰していったのを見ても感じることは多い。遅きに失したオスカー名誉賞(2015年)の際、会場がスタンディングオベーションだったこと、プレゼンターがクリントだったことは胸熱だった。そしてあらためてタランティーノ作品で作曲賞を受賞したこともまた。

作曲家の前には白い紙がある、と彼は語る。作曲家にとって大切なのは思考なのだ、という言葉が印象的だ。クラシックと商業音楽の垣根をとりはらい、映画音楽の可能性を一人で存分に広げていった彼の存在。豊かな感性と斬新な試みと音楽への熱意とリスペクト。そしてたゆまぬ努力。どこをとっても素敵すぎる。もしも彼がいなかったら、映画音楽はどんな道をたどっていたのだろう。そのくらい、歴史のエポックとしても大きな大きな存在だったのだと知ることのできる作品だった。

とりあえず、取り上げられている作品を全て見返したい。映画好きとしては、彼の存在に心からの感謝を。特にもう一度「アンタッチャブル」を見たら、駅の階段の乳母車シーンをあらためてしっかり見たい…
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