風に立つライオン

モリコーネ 映画が恋した音楽家の風に立つライオンのレビュー・感想・評価

4.2
 2021年制作、「ニュー・シネマ・パラダイス」、「鑑定士と顔のない依頼人」のジュゼッペ・トルナトーレ監督による映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネの5年以上にわたる密着取材から生まれた期しくも生前の姿を捉える最後の作品となったドキュメンタリー伝記映画である。
 
 1961年のデビュー以来、500作品以上もの映像音楽を手がけ、2020年7月に惜しくもこの世を去ったモリコーネ。「Once upon a time in America」、「New cinema paradise」、「荒野の用心棒」、「アンタッチャブル」、「カジュアリティーズ」、「 Mission」など45作品にも及ぶ傑作から選ばれた名場面や、最高の音響技術で再現されたワールドコンサートツアーの演奏、
・クリント・イーストウッド
・セルジオ・レオーネ
・クエンティン・タランティーノ
・オリバー・ストーン
・ベルナルド・ベルトルッチ
・ジョン・ウィリアムズ
・ジョーン・バエズ
・ブルース・スプリングスティーン
・クィンシー・ジョーンズ
・パット・メセニー
 ら錚々たる顔ぶれの監督・プロデューサー・音楽家へのインタビューを通して、モリコーネがいかにして偉業を成し遂げ、映画音楽を芸術の域まで高らしめたのかを解き明かしている。

 映像は16世紀に建てられたローマの豪邸内の彼の書斎における1日の始まりから描く。
 彼の朝は早い。朝4時に起きると多くの資料、本が所狭しと雑然と並ぶ中、丁寧なストレッチが始まる。
 彼は鉛筆と五線譜だけで作曲する。書斎の中で譜面を見ながら立ち上がって指揮を取ると頭の中にオーケストレーションが流れ、瞬時にワールドコンサートで指揮をとる姿に転換するカットは身震いするくらい素晴らしい。

 彼は貧乏な家庭ではあったが、父親からトランペットを与えられてから彼の音楽人生が始まる。不断の研鑽と努力により音楽理論を吸収し、感性を磨き上げていく。
 時にはPOPSやJazz、アウトサイダー的な前衛ものにも手を出し自由な音楽表現の基盤が出来上がっていく。
 こうして彼の音楽的バックグラウンドはあらゆるジャンルが融合したものとして表現されることになり、結果として映像音楽表現者足り得ることになるのである。

 なるほど「荒野の用心棒」を聴くと鞭の音、チャルメラ、口笛、金床、鐘の音が前面に使われて印象深いし、それまでの映画音楽ではあり得ないサウンド構成ではあった。
 その後、単なる映画音楽を超えたレベルの楽曲が創造されていく。

 ワールドコンサートの模様などもふんだんに取り込まれ、なかでもイタリアのヴェネチア、サンマルコ広場でのコンサートは印象深い。
 タランティーノ監督も言っているがおそらく200年後にはモーツァルトやベートーヴェンと並ぶ音楽家として歴史に刻まれているに違いない。

 「Once upon a time in America」のテーマでは哀感を伴った安寧で穏健な人生の家を想わせるし、デボラのテーマでは少女だった頃のあの初々しいジェニファー・コネリーの姿が浮かび上がり、ノスタルジックで愛おしさの塊が発出する。
 「ミッション」では雄大・荘厳な交響曲として流麗さに溢れた音場が提供される。
 「Once upon a time in the west」に至ってはまるで神々しく天空に舞う天使のメロディーで満ち足りた心持ちとなり自然に涙が溢れてくる。

 彼の創造した音楽は人生を織り上げる糸のようであり、穏やかな境地へと収斂させる魔法が込められていると言っていい。

 素晴らしいドキュメンタリーに接し至福の時を頂いた心持ちである。