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落下の解剖学のumisodachiのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

【ネタバレあり】


フランスの雪山で暮らす作家のザンドラ一家。ある日、夫が転落して死亡してしまう。第一発見者の息子は視覚障害があり、家族以外には誰もいなかったという状況で、ザンドラは夫殺害の容疑で起訴される。既知の弁護士と一緒に裁判に臨むザンドラだったが……。

転落した夫は殺害されたのか?それとも自殺なのか?という法廷ミステリーに見せかけて、実は違うという作品。

ドイツ人の妻とフランス人の夫はかつてロンドンで暮らしていて、夫婦間の共通言語は英語。息子にも英語で話しかけてきた。しかし、ある時夫の過失により息子は事故に遭い視力のほとんどを失う。経済的にも精神的にも疲弊した夫婦は、夫の強い希望もあって夫の故郷であるフランスへと引っ越してきたのだが、夫の当初の計画はうまく運んでいなかった。一方、私生活を基に小説を書いている妻の本は売れていて……といった状況が徐々に明らかになっていく。

うちの近所に住んでいる夫婦で、夫は中央アジアのある国出身、妻は南米のある国出身+息子という家族がいる。夫婦間の会話は英語なのだが、母親と息子の会話は日本語だ(すごいよね)。ヨーロッパで暮らしていた時もこういった夫婦はよくいて、夫婦間はたいてい英語で会話していた。

本作の中で、ザンドラ役のサンドラ・ヒュラーは英語とフランス語を話す。英語の方が堪能という設定なのだが、実際の母語はドイツ語であり、前提からして枷をはめられているという状態になっている。一方で、夫はフランスという自分の故郷で暮らせている。では、夫の方が有利だったのか?というと、そういうわけでもない。

他人同士が一緒になる以上、夫婦のバランスというのは常に一定にはなり得ない。我が家はあまり喧嘩をしないが、数回あった大喧嘩は例外なく「自分は相手のためにこんなに犠牲を払っているのに、理解していない」という不満をお互いに抱えていたことが露見したときだった。上手くやっていくためには相手のために行動しないといけないのだが、それは同時に容易く「自分はこれだけやってあげているのに」という不満にも転じてしまうから厄介だ。本作の途中で、かなりショッキングな口論のシーンが出てくるのだが、聞いているときは相当つらかった。男女逆転させればよくある内容なのだが、それだけに自分にも当てはまる要素がかなりあり、聞いていて私も画面の中の一方に対する憎しみを抱きそうになってしまった。(そして、人によって憎しみを抱く対象が変わりそう)

しかしながら、本作のメインテーマは「夫婦とはなんぞや」というものだけではない。もちろんそれもあるのだが、最大の主題は「すべての認知は主観からは離れられない」ということだろう。裁判は真実を明らかにする場ではない、何を真実と「決める」場だという指摘がそこにある。検察と弁護側の尋問の応酬の多くは「それは主観である」という指摘であり、録音データという限りなく「客観」に近いものですら、その解釈においては主観が介在するという真理。そして最終的にはそのテーマを集約する存在として、息子が物語の中心に立つことになる。真実を「選ぶ」という究極の選択をせざるを得ない彼の心の傷がつらい。

とにかく子どもが気の毒で、その観点ではかなり残酷な作品だといえるだろう。息子と犬の演技が信じがたいほど優れているのも印象的。主演のサンドラ・ヒュラーは相変わらず素晴らしいのだが、色気がありすぎる弁護士のせいで無駄にハラハラさせられるのもポイント(あんなにカッコいい役者である必要はあるのだろうか)。

テンポよく進める部分とじっくりと見せる部分とのバランスも絶妙で、言葉が多い内容にも関わらず重要なことは言葉にしないという見事な脚本。かなり見応えがあるものの、抉られる内容とセクシーすぎる弁護士にドキドキさせられるせいでかなり疲れるので注意!

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