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Exit The Matrixの海のレビュー・感想・評価

Exit The Matrix(2021年製作の映画)
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数年前の、ある夏の雨降りの朝、閉まったカーテンの向こうから聞こえる雨音を聞きつけ、見えない雨を見つめていた猫の姿を思い出す。この子は、このいきものは、なんてうつくしいんだと、心の底から思い、泣き出したくなった。あの小さな体の中に、わたしの知らない精神があった。それは、意図的なものじゃなく、とても自然な、ひとりでにそこにあるものだった。あのときからずっと、その光景が、わたしの中に流れ続けている。自分の生そのものよりも大切な何かを得た人だけができる語りとは、こんなに鋭く、容赦の無い、一切の迷いを捨て生まれ出てくるものだった、と彼らの唇が紡ぎ出す言葉ひとつひとつに耳を澄まし、その言葉の持つ表情に目を凝らした。そして言葉を持たぬもののほうがずっと雄弁に何かを語ろうとする。都市に住むこと、そこから離れること、どちらが正しいか、わかっている人はいない。わたしは今までの人生を、自分の心の中にあるものを表現する行為に、費やし続けてきた。そして自分と同じようなひとたちの中にこの心の逃げ場所をつくり続けてきた。誰かを逃がす場所に、自分の心がなってくれるときだってあった。あなたを尊重し、わたしを尊重され続けてきた。その生き方が変わることはきっと死ぬまでない。尊敬する人や初めて出会う人から、幾度となく評価してもらった自分の表現を、わたしは誇りに思っているけれど、それと同時に人からの評価を最近はほとんど気にしなくもなった。自分で自分が何をしたのか、しているのか、そしてそれが他人という個人にとって、どんなものとして受け取られているのか、理解していること以上に重要なことはないと思うようになった。他人から分かるように受ける評価に向き合うことより、それはずっと難しいことのように思える。奴隷的心理の話。その奴隷から抜け出すことが、わたしにできなかったとして、じゃあこの心は、何に対する奴隷になれようかと思う。あの夏の朝、雨の降っていた朝、言葉が出なかったのは、言葉で表せる以上のものが目の前にあったからだ。あの光景がずっとわたしの中で上映されつづけているのは、そこに確かにわたしの目ではとらえられないほどの美しさと尊さがあったからだ。事実を見つめ重く厳しい生活を語るかれらの様子を見、わたしは大した苦労をせずとも生活ができる場所で、傲慢にも、感情をひたすらに凝視することについて思った。自分が死ぬ思いで生き続けてきたこと。それはどこに居たってきっと変わらなかった。ずっとずっとずっと、ずっと、みつめているものがある。わたしの、心の中だけにあるその場所、その光景の最前列に、わたしはいるの
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