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ザリガニの鳴くところのrayconteのレビュー・感想・評価

ザリガニの鳴くところ(2022年製作の映画)
5.0
オリビア・ニューマンの前作「ファーストマッチ」は、裏切りばかりの父にそれでも愛してもらいたい娘の痛みと旅立ちが描かれた秀作だった。
小説「ザリガニの鳴くところ」の風景にも共通する雰囲気があり、映像化の監督としては適任であったと思う。

物語は、1960年代ノースカロライナの湿地帯を舞台とする。
外界と離れた湿地の奥にひとり暮らし、街の人々から「魔女」と揶揄される謎めいた少女、カイア。
ある青年の殺人容疑で逮捕されたことを発端に、彼女の過去が紐解かれてゆく。

カイアは終始不可解な人物だ。
純朴すぎて湿地という無菌室の中でしか生きられないほど極端にナイーブな人間にも見えるが、誰よりも生き残る術に長けた狡猾な人間にも見える。
ネタバレを避けるため具体的な言及は避けるが、彼女の行動はすべて「生き残る」という原理に基づいている。
劇中のカイアの台詞で「自然界には善も悪もないのかもしれません」とあるが、これは正に自然の中で育ったカイア自身を示している言葉だといえる。
カイアには宗教はない。あるとすれば、彼女がいた自然界の摂理だ。
だとすると、青年の死、そしてあるいは彼女の父の失踪さえも、カイアが生存するために行使した善も悪もない摂理なのではないかと思えてならない。

この映画は「示唆」の物語であり、いわゆる探偵もののような解決を望む人にはスッキリしない鑑賞後感となるだろう。
「ザリガニの鳴くところ」という不可解なタイトルの意味も、具体的には説明されない。
だが、私はそれこそがこの作品の本質だと思う。
答えの出ない問いは、時にそれ自体が生きていく原動力になりうる。
「あれはなんだったのか」という思いは、今日を明日に繋げようという力になるのだ。
「ザリガニの鳴くところ」が人生の逃げ場を指すのか、終わりを指すのか、あるいは楽園のような場所を指すのか、答えはない。
だがひとつ言えることは、誰がどんな答えを出したとしても間違いではないということ。
それは誰にもある心の中の風景であるから。
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