rayconte

人生の特等席のrayconteのレビュー・感想・評価

人生の特等席(2012年製作の映画)
5.0
急に思い出して久々に観た。
特に好きというわけでもなく、むしろその逆なのだが、時々思い出してしまう映画だ。
その理由は、この映画には「老人の悪いところ」が全部詰まっているから。

主人公ガスはメジャーリーグチームのスカウトマンで、かつては名選手を多く発掘した慧眼の持ち主だったが、今やボールも見えない霞んだ目となった老人だ。
娘のミッキーは30代前半ながら大手法律事務所のアソシエイトとして働く立派な弁護士だが、ガスは「女は男に食わせてもらうもの」というカビの生えた固定観念を持ってミッキーが独り身でいることに苦言を呈する有様。
スカウトの仕事に関しても、ガスは「選手は自分の目で見て判断するもの」という昔ながらのやり方を頑として曲げず、後輩フィリップのアナリティクスで選手の能力を測る現代的なやり方を全否定。近年ろくな結果を出してないにも関わらず、パソコンの操作すら覚えようとしない。

ガスは確かに老人の悪い部分詰め合わせのような男だが、この映画の最も気味が悪い点は、脚本そのものが「新しい価値観を否定し、古い価値観こそ正しい」という流れに着地しているところだ。
たとえば、ガスの仕事に付き添うミッキーが仕事のメールをひっきりなしに返しているシーン。
ガスはミッキーに「前を見ろ」と言って携帯電話をしまわさせ、物語の最後でミッキーは携帯電話をゴミ箱に投げ捨てる。
要するにこの脚本は「若者は携帯ばかり見て本物を見ていない」と言っているわけだが、この言い分はテクノロジーに取り残された人間の典型的な偏見だ。
その一方で、脚本はガスを否定することはない。
他人の話を聞かない融通の利かなさも、仕事に逃げて娘と向き合おうとしない弱さも、若者の新しいやり方を否定する姿も、シナリオをガスにとって都合のいい展開にして最終的に全て肯定する。
現実ならガスはフィリップに仕事を奪われるだろうし、ミッキーにも愛想を尽かされて孤独に朽ちていくだろう。
要するに、この映画は全編において「老人のたわごと」なのだ。
この映画は「人生の特等席」なんかではなく、ただの安楽椅子だ。

しかし人はいずれ老いていく。
自分にも、時代についていけなくなる時が来るだろう。気づかない内に古い価値観を若い人に押し付けるようなことをしでかしてしまうかもしれない。
なぜ私がこの映画を思い出すのかと言われれば、それば自分が老いた時の処方箋になりうるからだ。
自分の感覚がこの映画に共感するようになった時は、自分の感覚を疑わなくてはならない瞬間である。
その役割という意味では、こういった映画も人生にはたまに必要なものなのだと思う。
rayconte

rayconte