きざにいちゃん

ロストケアのきざにいちゃんのレビュー・感想・評価

ロストケア(2023年製作の映画)
3.7
2013年「日本ミステリー文学大賞新人賞」受賞作の映画化。
老人介護の社会問題を扱った重苦しく、身につまされる作品。

現代の介護疲労と貧困問題に警鐘を鳴らす社会派作品という印象だったが、どこか違和感を感じた。観終わってよくよく考えると、それは、役者陣の芝居の上手さによる巧みな感情操作が強く、理性的な問題の本質の洞察が誤魔化されてしまっているところだろう。

限界介護による介護者の生活破綻、精神疲労は大きな社会問題である。作品中の斯波のような境遇のケアラーも決して少なくない。彼の感情には共感も覚えるし、同情もする。ただ、尊厳死/安楽死と殺人幇助、介護疲労と生活破綻の深刻な実情が連続殺人犯を生み出したというのは、現実味と説得力に欠ける。障がい者福祉施設の大量殺人をつい連想してしまうが、動機において全く異なる。

介護疲れの中で「死んでくれたら…」と思ってしまうことはあるだろう。が、殆どの人がそう思ってしまったことの罪の意識に悩んだり、願望を抱いたことを恥じたりするのだと思う。
不幸な介護心中事件も起きているが、かといって他人に手を下して貰いたいとは思わないのではないだろうか。「死なせてやりたい」と思っても「殺して欲しい」とは思わない。

大量連続殺人者になってしまうことで、深刻な社会問題が絵空事のフィクションになってしまうのである。ミステリー作家のご都合主義が勝ち、真の介護問題への洞察が浅いのがバレるのである。松山ケンイチのせっかくの芝居が勿体無い。それが違和感の正体だろう。

尊厳死については『PLAN75』やフランソワ・オゾン監督の『すべてうまくいきますように』に比べると格の違いを感じてしまう。

一時期ブームになった「ハーバード白熱教室」。マイケル・サンデル教授の「これから正義の話をしよう」についての考察との類似性も、ふと思い出した。