創

あちらにいる鬼の創のネタバレレビュー・内容・結末

あちらにいる鬼(2022年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

すずめの戸締まりに押されているせいか上映回数が少なくて危うく見逃すとこだった。

良くも悪くも原作よりも湿度が下がっているので全然違う雰囲気だった。

篤郎もみはるも相手はひとりでは無いので鬼は自分以外の相手全ての事だと思って読み始めたのだけど、
読み終わる頃には完全に本人たちが鬼そのものでそのゾワッと感が心地良かったのだけど、
おそらくそれは全体のカラッとした雰囲気、各々が自分に酔っていながらどこか冷静で乾いた視点も持っていて、悪びれているようで仕方ないと思っているのが丸出しで、正当化しているようで罪悪感に炙られてるその揺らぎが生み出してたのだと思うけど、
映画は最初から結構感情的でウェッティなのでなんとなく鬼は最初から篤郎とみはる、時々笙子の当人たちだけに見えて私の好きだったゾワは無くなっていた。

タイトルが出るタイミングのせいもあるけど、鬼は完全に白木篤郎だったかな。
おどろおどろしい情念と性欲の鬼というよりも、追いかけっこの鬼みたいに追えば逃げるし捕まえたら自分が鬼になる。

今とは違う時代で不倫が作る芸術、芸術の側にある不倫が許された時代の話なんです感を強調するためか、時代の出来事がちょいちょい出てくるけどちょっと邪魔だったかな。
笙子はサカばあちゃんとのやり取りぐらいに抑えられてた事によって、普通の奥さんではない何かがよく分からなくて逆に良かったし、広末のちょっと浮いてる感もそれを強調していて良かったのかも。
原作では笙子の心の内もちゃんとたくさん出てくるけど正直よく分からないし…。
私ったら結構普通の奥さんなのかもな。
自殺未遂した夫の愛人に堕胎を打ち明けられた時に謝れはしないんじゃないだろうか。


寺島しのぶとトヨエツがやたらウェッティなので、悟りを開いたかのような笙子と白木への想いを捨てられず出家するみはるとその間を行ったり来たりする篤郎。
という3人の変な関係がより強調されていてまるで友達同士で話すみたいに夫婦で夫の愛人の心配する様はやっぱりゾワ感あったかも。

モデルになった3人の普通と違うとこみんなで同じお墓に入ろうとしてるとこなんだよな。
映画ではそれが無いからただのよくある不倫の話でしかなくて中途半端な感じが残る。
創