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クレイジークルーズのシネマノのレビュー・感想・評価

クレイジークルーズ(2023年製作の映画)
3.4
『主役?脇役?人生は誰かが測るものじゃない。温かなメッセージが光る「Netflix×坂元裕二」船出の物語』

配信開始からすでに多くの人が感想を上げている本作。
様々な意見を含めて、改めて坂元裕二という脚本家がいかに稀有な存在であるかを知らしめてくれる。
現在の日本において、作品を観る理由や感想の引き合いに名前を出される脚本家は何人いるだろうか。
恐らくは指折り数えるくらいしかいないであろうが、間違いなく彼はそのなかでも最も注目を集める一人だろう。

自分も例に漏れず、彼の大ファンであり、その作品群を何度も噛み締めてきた一人である。
そんな、坂元裕二がNetflixと5年契約を締結して送り出した長編映画第一弾となる本作。
なかなかに厳しい意見も見受けられるし、自分も手放しで「最高の1作がキタ!」とは思わなかったのも事実だ。

ただ、本作もまた温かなメッセージが伝わってくる作品であり、
ドラマを主戦場にしてきた彼が、渾身の一作かつヒットを記録した【花束みたいな恋をした】(21)以降、これからも本格的に映画作品を手掛けてゆく上での船出にも近い一作であった。

本作のテーマは、「物語において脇役とされるふたりによるロマンティックコメディと少しのミステリー」。

だからこそか、本作に登場する人物は誰もが軽すぎるほどに分かりやすい。
それぞれのキャラクターの背景や設定も、言動も。
それは、吉沢亮演じる冲方優、宮﨑あおい演じる盤若千弦、本作のメインに据えられたふたりとて例外ではない。

・物語の主人公たちのようにミステリアスな雰囲気も
・複雑な過去や葛藤も
・主人公を主人公たらしめる勇気や力も
・ドラマを盛りたてて観客に感動を与えるような障壁を乗り越える展開すらも

本作は、あえてと言っていいほど希薄だ。
それでいて、本作はロマコメと少しのミステリーなのである。
そして、だからこそ時折挿し込まれる坂元裕二を感じさせる温かなメッセージが沁みる。

「いい人。いい人ってそれだけでつまらない」
「彼には男を感じない」
「彼女には女を感じない」
「私はがんばったの。あなたたちはがんばらなかった」
「一般人の方」

物語において、容赦なく浴びせられる言葉。
この世界、人生においてすら定義されて、押されてしまう脇役という烙印。

しかし、他人に定義されたとて、それぞれの人生において主役も脇役もない。
がんばった人とがんばってない人なんてない。
有名人だろうがなんだろうが、一般人もそれに対して特殊人なんてない。
"いい人”なんて、他者によってのみ定義されるものでしかないし、楽にできるものではない。
他人につまらない人生と言われようが、それなりに、自分なりに楽しさや幸せを求めて生きている。

かつてのメディアの力が失われ、個人のインフルエンス力が増す時代。
ネットやSNSに溢れるほどの他者の人生は、真偽のほども分からないけれど、それでも人は自分と他者を比べてしまうだろう。
ある者は、他者よりも優れ、豊かで、幸せであることを強調するかもしれない。
その影に、ある者は自分が劣り、貧しく、不幸せと強く感じてしまうかもしれない。

そんな混沌とした時代において、自分と人生、そして自分にとって大切な人を愛するということ。
軽快なドラマのなかに、あらゆる人生に対する優しきメッセージがしっかりと込められていた。

記憶に新しい映画【怪物】(23)や、個人的には超がつくほどの傑作と思っている【それでも、生きてゆく】(11)などのシリアスなドラマも、坂元裕二の魅力ではある。
ただ、ドラマ【大豆田とわ子と三人の元夫】(21)と【初恋の悪魔】(22)の間に脚本が書かれたという本作。
こうしたリラックスした作品を打ち出してくれるモードも、ファンにとっては嬉しいものだ。
(シリアスに寄るとヒットしなかったという過去の言及を含め)

そういえば、本作に登場するキャラクターたち
・いわゆる"アート系映画”に出たいと熱望し、カンヌを目指す役者
・カンヌなんて知らず、数字を生む作品か否かだけを考える映画プロデューサー
・密着番組の取材で、"自分のマイルール”をかっこよく話しながら、ことごとく逸れてゆく船長

(執筆当初はそうでなくとも、結果として)カンヌ映画祭で脚本賞を獲り
脚本家として自らの名が先行するなかでヒット作を生み出し
密着番組で取り上げられた
そんな彼が、自己言及的にもとれるようなコミカルなキャラクターを出していることも興味深かった。

ドラマだけでなく、映画という限られた尺のなかで今後どんな作品を生み出してくれるのか、楽しみは増すばかりである。
シリアスもコミカルも、観客に求められている作品も、彼が自分のために生む作品も、あらゆる物語を、これからも堪能したい。

▼邦題:クレイジークルーズ
▼英題:In Love and Deep Water
▼採点:★★★★★★☆☆☆☆
▼上映時間:125min
▼鑑賞方法:ストリーミング鑑賞(Netflix)
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