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夜を越える旅のシネマノのレビュー・感想・評価

夜を越える旅(2021年製作の映画)
4.0
『萱野監督がついにホラーを手掛けた!ホラーで心臓がヤられる快感の先に待ち受けるのは…見事な脚本に魅了されるジャンルレスムービー』

映画祭での受賞、ホラーファンの口コミによる高評価の嵐…
紛うことなき、萱野孝幸監督の出世作となるであろう【夜を越える旅】をついに観た。

人の心と身体、夢現の揺らぎを見事に捉えた人間ドラマ【カランデイバ】(18)
現役エンジニアやプログラマーの監修を取り入れたハッカー同士の対決を描き、本格サスペンスに挑んだ【電気海月のインシデント】(19)

監督が本作の前に手掛けたどちらの作品でも、人の精神に障る演出が光っていた。
そして、長編3作目となる本作は待望のホラー作品だ。
しかも、本作は脚本のまとまりが過去一で抜群ときているのだから、映画体験としてとてつもなく満足度が高かった。

プロ(職業)漫画家を目指す主人公。
彼女に生活の援助をしてもらいながら夢を追いかけコンクールでの受賞を狙う彼は、大学時代のゼミ仲間と一時の旅に出る。
その最中、コンクール落選の知らせを受け、心が沈む。
彼には大学時代に忘れ得ぬ女性がいて、彼女が旅に現れたことからドラマは急転直下の展開を見せる…

あらすじだけ読んでも、まったくもって先読み不能なのだが、それでいい。
ロードムービー
ヒューマンドラマ
ラブストーリー
青春ドラマ
ミステリー
サスペンス
…そして、ホラー
まさにジャンルを超越した目くるめく展開は、予備知識をできる限り入れずに臨んだほうがいい。

しかし、一点だけ注意が必要だ。
中盤、凶悪なまでのホラー演出が待ち受けている。
ジャンプスケアが心地良い人には最高のシークエンスだ。
しかし、正直、中盤以降もずっとこの凶悪さが続くのであればシンドい…
そう思わせるほどの演出なので、覚悟が必要だ。(もちろん、いい意味である)

近年、怪物級のクオリティを兼ね備えたホラーとして記憶に新しい【呪詛】(22)
同様に、中盤マジで心臓を破壊しにかかってくる【女神の継承】(21)
これらの作品をイメージしてもらえればいいかもしれない。

これまで人間の狂気の演出が静かに冴え渡っていた萱野監督が、ついに極上の狂気を観せてくれる。
本作も過去2作の例に漏れず、予算や規模としては大きくない作品だが、お構いなし。
演出、美術、録音にいたるまで…本気でビビった。(ヘッドホン推奨)

そして、本作は前述の通り、狂気のホラー枠だけに収まらない。
その先に待っている極上の結末まで辿り着く快感は、限りなく良質なホラー映画を観た時、それ以上に良い映画に巡り会えた時と同じだ。
ぜひ、その快感を味わってほしいし、観た人と語り合いたくなるだろう。

主人公は漫画家志望。
黙々と描き続けているのは”不条理ファンタジー”。

不条理?ファンタジー?なにそれ…人は言うかもしれない。
しかし、この世界も人生も、間違いなく不条理だ。
生きることに必死になれば、願いや夢を追いかけていればいるほど、その不条理が残酷なまでにあらわになる。

そして、人は夢を見る。
”ここ”ではないどこか、いまではない”いつか”、時に夢は心の奥底にある想いを映し出す。
それが心地いいものとは限らない。
しかし、この不条理な世界と人生、悪夢も現実も同じなのかもしれない。
つまりは、この世界と人生こそが”不条理ファンタジー”であるのではないか。

主人公とともに、その闇夜を越える。
狂気の不条理ファンタジーを追体験する。

本作を傑作に昇華した、終盤のモノローグ…
見事な脚本の構成がバッチリはまった、快楽を味わえる結末…
萱野監督、恐るべし。

着実にステップアップする監督の次回作【断捨離パラダイス】(22)も、観るのが楽しみだ。
(にしても、次の作品のテーマが”断捨離”って、映画監督としての領域バカ広いな…)

そして、本作を観たならば、またスケールアップしたタイミングでホラー映画も望んでしまう。
だからこそ、これからも萱野孝幸を追っていきたい。
そう確信させるに足る一作だった。

▼邦題:夜を越える旅
▼採点:★★★★★★★★☆☆
▼上映時間:81min
▼鑑賞方法:ストリーミング鑑賞(U-NEXT)
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