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その道の向こうにのシネマノのレビュー・感想・評価

その道の向こうに(2022年製作の映画)
4.3
『これぞ役者映画!ジェニファー・ローレンスが名女優の実力をパーフェクトに発揮した、傑作ヒューマンドラマ』

心に刻まれる映画に欠かせないファクター。
テーマとそれを伝えるための構成・脚本、映像と音楽、そして役者による名演技。
それらが組み合わさると、面白かった、楽しかった、感動した、を超えて心に残る作品になる。

本作は、脚本・映像、そして何といってもジェニファー・ローレンスの名演技によって、それらのハードルを超えた見事な一作だった。

アフガニスタンで負傷し帰還兵として故郷に帰ってきた人間と、車修理業者の人間のあいだに育まれる関係を描く本作。
互いに身体的な負傷に加えて、心に癒えることのない傷を抱えている。
そして、本作はそうしたトラウマを克服するドラマだけにあらず。

この世界で生きる人間が抱える、”自分の居場所”について。
人は生きている限り、身体的にも居場所をとることはもちろん、心のよりどころが必要で、求めてしまうものだ。
しかし、それが誰にとってもあるものとは限らないし、望んだ場所にないことだってある。

主人公リンジーには、故郷にも”自分の居場所”がない。
それでも、ある理由によって、ほかの場所で自分だけ安寧を享受しながら生きてもいいという”許し”を与えることができない。
だからこそ、凄惨な経験をしたにもかかわらず、また軍役に戻ろうとする。

そして、リンジーの関係を育むジェームズもまた、軍での凄惨な経験とはまた異なる、自分の居場所のなさや"許し”を与えられない理由を抱えている。
そうした葛藤は、決して遠い国の出来事ではなく、私たち一人ひとりが抱えうる葛藤である。

自分には居場所がない…
私は此処にいてもいいのだろうか…
私は生きていてもいいのだろうか…
ならば私はいったい、どこへ向かえばいいのだろうか…
…そして、私はどこかに居場所がほしい

こうした人間の本質を、本作はとても静かに、それでいて的確に、94分という密度に凝縮して描いている。

これだけ繊細で複雑なドラマにおけるキャラクターを説得力をもって演じることは、並大抵のことではない。
しかし、ジェニファー・ローレンスはやってのけた。
台詞のテンポ、虚ろな瞳と視線のもっていき方、ジェスチャーや表情筋ひとつとっても抜群で、リンジーがそこにいた。

相手役となるジェームズを演じるブライアン・タイリー・ヘンリーも、それに追随する。
大傑作ドラマシリーズ【アトランタ】での演技は大好きだし、本作にもその憎めない不器用な優しさを打ち出す演技は生かされていた。
それに加えて、ジェームズが抱える葛藤が、その身にも心にも宿っているかのような"重さ”を感じられて、見事だった。
彼の家でリンジーにその葛藤と本心を打ち明けるシーンは、本音が溢れ出すあまりにも人間的な告白で、自然と涙してしまった。

居場所のない彼らは、築いた関係の果てに、これまで歩んできた凸凹の土手道(原題はCauseway=土手道)の先に、どんな未来を見出すのか。
ジェニファー・ローレンスの演技力がいよいよ爆発する面会のシークエンスから、ラストまでも素晴らしい。
心に残る作品のエッセンスが凝縮された、映画の長尺化が進む今となっては貴重な至福の94分間であった。

役者として世界的な人気と演技力を認められながらも、紆余曲折を経てきたジェニファー・ローレンス。
彼女が自ら製作を担って作り上げたキャラクターで、いよいよ名役者の道を突っ走るのか。
そういう意味でも、ターニングポイントとなる重要作だと思う。

▼邦題:その道の向こうに
▼英題:Causeway
▼採点:★★★★★★★★☆☆
▼上映時間:94min
▼鑑賞方法:ストリーミング鑑賞(Apple TV+
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