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電気海月のインシデントのシネマノのレビュー・感想・評価

電気海月のインシデント(2019年製作の映画)
3.6
『俊英・萱野孝幸の長編監督第2弾。現代に起こり得る”インシデント”を巡る天才ハッカー対決が息を呑む本格サスペンス』

話題をかっさらったホラー【夜を越える旅】(21)の前に、萱野孝幸監督の軌跡を巡る旅を。
やりたいこと、描きたいテーマを盛り込みまくったデビュー作かつ大長編【カランデイバ】(18)に魅せられてから間もなく、長編第2弾を鑑賞。

前作とはうってかわって、本作は他人のデジタルデバイスをハックし、カメラや画面を乗っ取ることができる”ピンクタブレット”を巡る、ホワイトハッカー vs ブラックハッカーの本格サスペンスだ。
ストーリー自体がサスペンスとしての強度を持ち、目が離せない展開なのだが、あくまで本作は福岡発の自主制作映画である。
しかし、限られた予算や規模に対して、力の入れどころもしっかりしている。

ドラマの核となる天才ハッカー同士の対決には、実際のプログラマーの監修を取り入れ、専門用語が飛び交いながらも、気持ちよく展開していく。
また、中盤の「敵陣ハッキングの詳細は割愛」という笑ってしまう話が出てくるが、その画面に表示されたQRコードを試しに読み込んでみると…
情報量増々のハッキング内容が本当に掲載されているではないか!
YouTubeで公開した本作ならではのアイデアまで、観客を楽しませてくれる。
(実際、映画の仕掛けとしてもそれが機能しているのだから見事だ)

そして中盤~、ドラマが終局に向かい出す悪魔的コンペティションシークエンスでは、個人的に萱野監督の真骨頂だと思っているダークすぎるサスペンスが炸裂。
【カランデイバ】のマルチ集団、現実と妄想の錯綜、心のフィルターを通して顕現する何気ない風景の闇…
それらの強みが、本作にももたらされるのだから旨味も重層的だ。

97分というタイトなランニングタイムで駆け抜ける本作のサスペンスは、自主制作の枠を超えて楽しめるだろう。

【カランデイバ】のキャストが本作にも継続して出演しているのも、嬉しいポイント。
あのラストで、「人生はなるようになる、のか…」と悟ったとあるキャラクターの、”もう一つの人生”。
心と同じ、”揺らぎ”に満ちたこの世界と人生、その道標となる”もの”は何か。
本作に登場する”ノンシャラント”なキャラクターが、萱野監督のクールな語り口によって、しれっとそれを教えてくれる。

さて、この旅も次はお待ちかねの【夜を越える旅】だ。
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